第23話 黒気

 遂堂先生がまた言うことには、ふざけて自分の下僕の妻に手を出そうとした者がいたが、妻は応じなかった。主人は怒って


「貴様、また拒むようなら打ち殺してやる!」


と言った。妻は泣きながら自分の夫に訴えたが、夫はちょうどひどく酔っていて、これまた怒りながら


「お前が貞節を失うようであれば、刀でお前の胸を切り割いてやる!」


と言った。妻はたいそう怒って、


「従っても従わなくても、どうせどちらも死ぬのなら、先に死んだ方がましだ!」


と言って、なんと自ら首を吊って死んでしまった。役所が調べに来たが、死体には傷が無く、話には証拠が無かった。さらに妻は夫の側で死んでいたということもあり、誰も罪に問うことができず、無罪放免で追及できなかった。


 しかし、それからというもの、その女が首を吊った部屋は、晴れた日であっても、陰鬱として薄い霧がかかっているかのようであり、夜になると絹を裂くような声が響いた。灯や月光の薄明かりの下見れば、黒い気が人影のように揺れ動くのだが、その痕跡はどこにも無い。このようにして十年余りが経ち、主人が死ぬとぱたりと止んだ。主人は死ぬ前、昼夜人に命じて自分の病床をぐるりと囲ませていた。何かが、見えていたのではなかろうか。


紀昀(清)

『閲微草堂筆記』巻七「如是我聞一」より

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