第18話 月夜の娘

 景州の太守である戈桐園が朔平の官吏を務めていた時のこと、ある幕客が夜中目を覚ますと、明月の光が窓から差し込みあたりを満たしていた。ふと見れば、一人の娘が机のわきに体を預け座している。幕客はおおいに恐れ、大声で下僕を呼んだ。娘は手を振りながら言う。


「私はここに長いこと住んでいるのよ。あなたが目にしていなかっただけだわ。今はたまたま避けるのが間に合わなかったの。何をそんなに怖がることがあって?」


 幕客は更にも増して大声で早く来いと下僕を急かした。娘はにっこり微笑んで言う。


「もし私が本当にあなたのことを害そうとするのなら、下僕がどうやって救ってくれるというのかしら?」


 娘はサッと裾を払って立ち上がった。まるで微風が窓に貼った紙をそよがせるように、櫺(れんじ、窓に取り付けた格子)を通り抜けて行ってしまった。


紀昀(清)

『閲微草堂筆記』巻二「灤陽消夏錄二」より

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