第17話 鶏籠

 下男の劉四は壬辰(乾隆三十七年)の夏、暇乞いをして帰省するため、自ら牛車を御して妻を乗せていた。家から三、四十里ほど離れた時のこと、すでに夜半を回ろうかというところで、突如牛が歩みを止めた。妻が車の中で悲鳴をあげた。


「幽鬼よ!頭がまるで甕みたいに大きくて、牛の前にいる!」


 劉四が目を凝らすと、背の低い色黒の女が一人、居た。頭に破れた鶏籠をかぶり、舞いながら呼びかけてくる。


「おいで!おいで!」


 劉四は恐怖で慄きながら車を転回させるが、女はまた牛の前に躍り出て呼びかける。


「おいで!おいで!」


 ぐるぐると四方を取り囲まれたようになり、それは鶏が夜明けを告げるまで続いた。その女は、にわかに立ちながら笑って言った。


「夜のうちは涼しく、何の障りもないからね。あんたたち夫婦で気晴らしをしてただけさ。たまたま遊んでやっただけなんだから、私が去った後、私の悪口を言うなよ。言ったらまた現れるからな。この鶏籠は先の村の某家のもんだよ。ついでに返しておいとくれ。」


 言い終えると、鶏籠を車の上に投げつけて去っていた。

 夜が明けて、劉四は家にたどり着いたが、夫婦共に酒に酔ったかのように昏昏としていた。妻はほどなくして病死し、劉四もまた落ちぶれ果て人間とは思えないような有様になってしまった。幽鬼はおそらく、彼らの運気が衰えているのに乗じたのであろうよ。


紀昀(清)

『閲微草堂筆記』巻二「灤陽消夏錄二」より

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