第9話 小楼の狐

 私の家の築山には小さな楼閣があり、中に狐が棲みついて五十年余りになる。人が楼閣に上ることもなければ、狐もまた下に降りてくることはなかった。ただ、時折り扉や窓が風もないのに自ら開閉するのを見かけることがあった。


 楼閣の北側は「緑意軒」といい、老樹の緑陰で鬱蒼としており、夏に涼を納る場所であった。


 戊辰の年の七月、突如、夜半に琴を奏でる音と囲碁を打つ音が聞こえて来た。子どもの下僕が走って姚安公に知らせに来たが、公は狐の仕業であると分かっていて、少しも意に介することなく、下僕に向かってただこう述べた。


「お前たちが酒を呑んだり賭け事をするよりましというものさ。」


 そして次の日、私に言った。


「海客が無心であれば、白鴎は近づくことができる。我々と狐とは互いに平穏な関係を築いて久しいのだから、ただ見ざる聞かざるでいるのがよいのだ。」


 現在に至るまで、全くもって他に変わったことはない。



紀昀(清)

『閲微草堂筆記』巻三「灤陽消夏錄三」より


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