第5話 黒い驢馬

 私の次女は長山の袁氏の元に嫁いだ。住まいのある場所を焦家橋という。今年娘が帰省した折、話すことには、その住まいから二、三里離れたところで、このようなことがあったという。


 農家の娘が実家に戻ってしばらく過ごし、父親が彼女を嫁ぎ先の家まで送り届けることにした。その途中で娘は小用をたしに墓地の茂みの中に入って行き、ずいぶんと経ってから出てきた。父親は娘の顔つきがわずかに異なっていることを怪しんだ。聞けば、発する言語も違う。心中、疑念で満ちていたが、どう切り出せばよいか分からずじまいだった。


 娘が家に到着した後、彼女の夫は自分の両親に密かに告げた。


「私と妻は互いに想い合い長らく穏やかに過ごしてきました。それが今日、彼女を見ると怖気を感じます。これは一体どういう訳なのでしょう?」


 両親はふざけた話だと叱りつけ、彼を寝に戻らせた。息子の寝起きする部屋は両親の部屋と塀を隔てていた。夜半、突如何かがひっくり返って倒れ込むのが聞こえ、ググッという音がした。両親が飛び起きて耳をそばだてると、息子が大声で叫ぶのが聞こえた。


 家の者たちが扉を破って中に入ると、黒い驢馬のような何かがいた。それは人々をかき分けて出てくると、炎のような光を放ち、跳び上がって姿を消した。息子を見れば、ただ、血溜まりだけが残されていた。


 夜が明けて、彼の妻を探したが見つからなかった。恐らく彼女も食われてしまったのだろう。


 これは『太平広記』に載っている羅刹鬼の話と全く似通っている。今回の件もまた幽鬼の仕業ではなかろうか。この話を聞いてから、仏教の経典は全てが誣言ではないと知り、また稗官小説の全てが虚構からできたものではないと知った。



紀昀(清)

『閲微草堂筆記』巻六「灤陽消夏錄六」より

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