EP30
涙を拭いて、鼻水を拭いて。
落ち着いたところでさっそく今後の仕事の話をする。
「ミント、魔界で店出さね?」
「え、私? いや嬉しい話だけど……今はミーサちたちの話じゃないの?」
「今商業施設に店出してくれる人探してるんだよ。ミントの美味いケーキを、ミーサとサーシャに店頭に立って売って貰えばいいんじゃないかと思ってな」
ミーサとサーシャには、店の人員として働いてもらいたいが、ロピスの店は俺たちで出来るし、ほかの店が入ったとしてもラニアが伝手で人を連れてくる。
それに、俺たちが常に監視できない魔人のもとに人間を送るのは最善策じゃない。だとすれば、ロピスの店の横にミントの店を開いてそこを手伝わせようと思っている。
「そう言うことなら私は全然いいよ。自分の商品を食べてもらえるなら、人間も魔人も関係ないしね」
「かっけぇこと言うんだな。いいメンタルだ」
ロピスの詳細を叩き込めば確実に化ける。天才パティシエになれそうだなミントは。
「じゃ改めて、三人ともよろしくたのむぞ」
***
「アイクさん、今日城にお客さん来ましたよ」
ミントの洋菓子店を含め、新規店舗も加入して四週間ほど経っただろうか。今では人員も十分に確保できているし、俺やラニアは城で事務仕事をすることが多くなった。
ラニアやロピス、ミントやミーサ、サーシャも今では大半を城ではなく商業施設で仕事をしている。
思えば、長いこと敵対魔王と対峙していない気がする。
「偉そうな態度な魔王でしたので、丁重に追い払いました」
対峙してんじゃねぇか。
「怪我とかしてねぇか? まぁ大丈夫だろうけど」
「怖かったですー」
「はいはい」
感情のこもっていない悪ノリを適当に流して、詳細を聞いていく。
「敵はリガロ・リッテと名乗ってました。自称最強です」
「なんだその痛い人は」
「初老の方なのに随分追い込んだ体でしたが、ただのニセ筋野郎でした」
がっかりしたと言わんばかりに肩を沈めるラニア。口ぶりからして、その初老の痛いやつはラニアに負けたのだろう。
「そいつどうしたんだ?」
「腕は確実に折った感触はあったんですけど、仕留める前に逃げられました。すみません」
「リガロおじいちゃん可哀想だな。まさかエルフがゴリゴリの肉弾戦するなんて思うまいて」
「敵陣に乗り込むんですから、やられる覚悟してくるべきです」
ふわぁ。と退屈げにあくびを一つするラニアは、「アイクさんがいたら私、怖い思いしなくて良かったんですけどねぇ」なんてわざとらしく何かをアピールしている。
サボって人間界にお菓子やおつまみを買いに行ってたことがバレてるのだろうか。
「怖がってねぇだろうけど、これやるよ。酒のアテに最適な干し肉らしいぞ」
「チョイスが渋いですね」
「肉に飢えてるかなって」
「エルフってベジタリアンなイメージだと思うんですが?」
「そのイメージ適応されてるの他のエルフであってラニアではねぇから安心して」
干し肉と同時に酒瓶も同時に渡しておく。
「もしかしなくても私、女として見られてませんね」
「いい女は酒が似合うだろ」
「それもそうですね、つまり私はいい女」
適当な発言で納得してくれるなかなかに優秀な部下は、テキパキと書類を処理していた。
「サラたちのとこ遊びに行くか?」
「そうですね、ちょうど今来週分の処理も終わりましたし」
「暇だったんね」
サラたちが忙しくしてても、料理が壊滅的な俺たちはすごく暇してる。かといって手伝いに行こうものなら余計仕事を増やして忙しさが増してしまう。
「さ、行きますよ」
「へいへい」
パパっと出る準備をするラニアは、俺を置いていくかの勢いでスタスタと歩いて行く。よほど暇だったんだろうな、俺と暇だった。人間界に遊びに行くくらいには。
「――随分と賑わうようになったよなぁ」
「ミーサさんとサーシャさんの愛嬌のおかげじゃないですかね」
飲食店だけじゃなく、雑貨店も入って賑わいを見せる我が商業施設。仕事ではなく遊びに来ているので、俺たちはいろんな場所にフラフラと立ち入っている。
「サラさんを利用した人だって聞いた時は捻り潰してやろうかと思いましたけど、いい子達ですね。ミーサさんとサーシャさん」
ラニアとロピスに紹介した時、サラのもと仲間で利用してたことを自らあの二人が口にして罪を悔い改めた時のラニアたちの表情は、鬼のように怖くて横にいた俺がチビりそうになった。
「あいつらの話聞くと殺意も消えるわな」
「ですね、とても聞くに絶えない凄惨な過去でした」
俺もラニアも、きっとロピスだって思った。人生過酷すぎないか? ってな。地獄だろ、神の悪ふざけがすぎる。いずれ張り倒す。
「あ。アイク遊びに来たんだ」
「ようサラ。繁盛してるか?」
「食材無くなった」
大量に用意した食材だったが、いつも数時間で全て出尽くす。なぜだろうか、前日の倍用意しても食材がなくなる。多くの人が食べるほどリピーターが増え、噂が新規を呼ぶらしい。魔界ってそんなに人口多かったか?
「今ロピスが後片付けしてる。多分アイクたちが来てるから合流してきてって言われた。売り上げ報告」
一週間おきの売り上げ報告。それと加入している店舗から、場所を貸しているということで毎週少額だが代金をいただいている。断ったんだが、場所を借りたら対価を支払う。それが商人のマナーらしい。
「俺あの頭使う感じマジで嫌なんだよなぁ」
今では十種類くらいある商品のうち、どれの売り上げが何割か調査して、前回より何パーセント伸びているかを計算する。
そして書類にまとめ、それが正確に記されているかを確認して捺印して保管する。正直言ってだるすぎる。経営に必要なことなのは分かるが、いくらなんでも手間すぎるだろ。
「アイクさんはいつも通り捺印してくれればいいですよ。細かいことは私がやりますので」
「助かる」
「アイクはめんどくさがり」
「お前に言われたかねぇよ」
歩きながら、手に持つ商品はどんどんと増えていっている。ロピスへの差し入れを買うつもりだったが、歯止めが効かなくなった。
「――随分買い込みやしたねぇアイク殿」
「疲れたろ? 売り上げ報告なんて軽い気持ちでパーティー感覚でやろうぜ」
「たまにはいいかもしれやせんね」
閉店後の店舗に並ぶテーブル席に座り、中央にドドンと木箱を置く。ここに売り上げを保管している。そして換算し終えた木箱は屈強なサラによって城の宝物庫へ運ばれる。
「よし、多分先週の倍くらいだろ。解散」
「解散。じゃないですよ、私とロピスさんが計算するのでアイクさんはサラさんとお話して待っててください」
「へーい」
店の端の方で、サラと干し肉の旨さについて語り合うことにした。
やはり魔界のよく分からん肉より、人間界で放牧される牛の肉が一番美味いという話から始まり、魔界でもよく分からん生物を放牧させれば美味くなるのでは? と新しい事業が生まれた瞬間である。
「アイクさん? まだこの商業施設の運営に余裕が出来ていない段階から新しいことは控えてくださいね?」
「ラニア殿。牛の放牧なら、アイク殿一人でいけると思いやすよ。やり方さえ把握すれば」
「それだロピス! やり方勉強するわ」
はぁ……と呆れるラニアはきっと、数日で飽きる俺を未来視したのだろう。俺も未来視したから分かる、生き物の命をそんな気安くやるのは生命への冒涜だしな。諦めよ。
「アイク、なんか変な魔力近付いてくる」
「……言われてみれば? そんな気もする気がする……ようなしないような」
激昂するように渦巻くような禍々しい魔力が近付いてくる。そんな気がする。サラは何かを感じ取っているようだが、俺にはあくまでかもしれないといったゆるふわな感じでしか分からない。
「アイク! 戦闘態勢!」
――天井が悲鳴をあげ瓦解する。
「フハハハハハ! 魔王アイク・ロードを朕の前に差し出せぇい! 愚民どもぉ! フハハハハハ!」
上空からけたたましい声量で大きな初老の男が降ってくる。こいつ、ラニアが言ってたやつじゃないか?
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