EP29

 未知の物体を乗せたフォークは、躊躇なく俺の口に捩じ込まれ、口内に海を招く。なんとも言えないクリームの甘味と、海鮮独特の風味。この組み合わせは……なかなかいける!?


「美味い」

「一見論外な組み合わせも、調整次第でなんとでもなる。それがお菓子作りだよ」


 絶対ミント以外は出来ない芸当だろうな、なんて思いながらも、お菓子作りって奥深いんだなぁなんて思う。


「はい、治療終了! 万能薬塗ってるから数時間で癒えると思うよ」


 こいつらにそんな上等な物を使わなくていいと思うが、ミントは惜しげもなく使っていた。


「ありがとうございます」

「助かりました」


 痛みが少し落ち着いたのか、サラがいるこの状況を冷静に見渡して気まずそうに肩を縮こめた。


「あ、あの……サラとアイクは本当に、本当に……キル様を?」

「あいつはゴミ。もう二度と人間界には戻れない」

「多分今頃完全に始末されてるか奴隷かモルモットとして治験が相場だろうな」

「そんな……キル様……」


 二人して絶望に打ちのめされるように顔を覆って涙を流す姿を見て、サラはどう話しかけていいか迷ってオドオドしていた。文句の一つや二つや三つくらい言いたいだろうが、目の前で泣かれるとどうも強く言えないんだろうか。


「おいお前ら。悲劇のヒロインぶる前にうちの可愛い部下に詫び入れろよ」


 サラが気を使う時は、俺が気を使わない。そうでもしないと延々とジメジメした空気感でせっかくの洋菓子屋の幸せムードが台無しだしな。


「同性の仲間は平気で捨てるくせに、因果応報で消えちまった男には涙を流すんだな。その違いは自分たちの価値を上げる装飾品かそうじゃないかだろ?」


 イケメンだし、勇者だし。

 そんなやつのそばに置いてもらえる。だから自分はすごい。そんな勘違いで承認欲求を満たして、楽してヒエラルキーのトップに上り詰めたとさらに勘違いをする。


 だからその状況を失えば、楽したことのツケが来るだけなのに『どうして私がこんな目に遭わないといけないの?』なんて変な思考に支配される。


「結局自分のことしか考えらんねぇ股と頭のゆるいヒロインもどきってことだな」

「あんたにミーサたちのなにがわかるの!? そもそもあんたさえいなければ! あんたがこいつを助けたんでしょ!? あんたのせいよ!」


 泣いていたかと思えば、激昂して俺の胸ぐらを掴み噛みつく勢いで睨みつけてくる。はっきり言ってちょっと怖い。


「ミーサ、落ち着いてください!」

「落ち着けってなに!? ミーサたちがこんな目に遭ってるのはこいつのせいなんだよ!? こいつさえいなければあのままサラは死んでたし、キル様は今も敬われてミーサたちが傷つけられることもなかった!」


 ……。サーシャの方は現状を受け入れているようだが、このミーサとかいう女は重症だな。とことん自分中心で回ってないと悲劇のヒロインモードが発動するらしい。


「アイクち? 落ち着いて、ね?」


 ミーサの肩を片手で強く握る。傷が開いて包帯に血が滲もうと力を緩めるつもりはない。


「言葉選びを間違えるなよ? お前がまずすべきは俺への不平不満の吐露じゃねぇ、サラへの謝罪だろ」

「……っ! だ、だれがあんなやつに――!」


 こいつはどこまで強情なんだろうか。力を徐々に加えても、謝る気配が一向にないを


「アイクさんやめてください! ミーサを離してください! まだ怪我が癒えてないんですよ!?」

「勘違いするなよクソ女ども。テメェらはサラの温情で生きてんだ、俺はお前らの命に興味はねぇぞ? なんなら今ここで死ぬか?」


 こいつらがサラになんの罪悪感も抱いていないのなら、俺はこいつらの命を奪うことになんの罪悪感も抱かない。


「アイク、いい。謝罪なんていらない、あれはこの二人が選んだ道で決して誤りだったと断言なんて誰にも出来ない。だから、謝罪なんていらない」

「サラがそう言うなら俺はもうなにも言わねぇ、悪かったな。傷口開いちまって」


 包帯を外して、ミントから受け取った万能薬を塗ってからもう一度包帯を巻き直す。ミントよりは下手だが、なんとか巻けたと思う。


「もうあのクズはいない。これからどうするかが聞きたかった。二人にとってあのクズが大事なのは知ってる。だから、死んだ目でただ衰弱していく二人に少し同情した」

「サラ……」

「大事なものを失った辛さはよく知ってるから。もう何も残ってないなんて思って視野が狭まる絶望感、些細なことに向けてしまう嫌悪と憎悪。それと向き合うのはとても辛い」


 いや、こいつらとお前の境遇はとことんちがうだろ。こいつらは自業自得じゃねぇか、なんて突っ込もうと思ったが、何かを察したミントに止められた。


「ワタシはアイクに道を作ってもらって救われた。だから今度はワタシが二人に道を作る。その道を歩くかの決定権は二人に委ねる」


 サラはまっすぐな目で「いいよねアイク?」と、俺が全てを察した前提で同意を求めてくる。拒否してもその拒否が拒否されるんだろうなぁ。


「構わねぇよ、もう好きにしろ。まったく、自分を捨てたやつらにどうしてそこまでよくしようとするんだか」

「ありがとうアイク」

「へいへい」


 どうやらサラはこの二人を許し、助ける気だ。サラが一番憎んでいたクソ勇者を始末したから、もう吹っ切れてるのだろうか。それともこの二人も、かのクソ勇者に利用されていたと感じているのか。


「アイクが世界を統べるのを手伝うか、路頭に迷って死ぬか。選んで」

「なんであんなやつの手伝いなん――」

「サーシャはあなたにこの人生を捧げます。軽い女だと罵られても構いません。生きることが大事だから」

「サーシャ!? どうして? 一生キル様についていくって約束したじゃない!」


 椅子に座ってミントと話している俺の前まで近付いて片膝をつくサーシャは、深々とその頭を下げた。


「ミーサ。大人になりなさい、キル様はもういない。そもそもサーシャたちは、生きるためにあの人について行った」


 キャイキャイと喚くミーサに、諭すように語るサーシャは、まだ俺の前で頭を下げている。


「どんなに辛くても、あの人の隣にいることが幸せ。どんなことを強要されても喜んで応じる。この人はサーシャたちを幸せにしてくれる。そう思い込んで過ごさないと生きていけなかった」

「それは……」

「表面上は確かに幸せだった。だけどいつなにを言われるか、サラのように利用されているんじゃないか。常に怯えながら暮らす日々だったじゃないですか」


 ……。


「命あることが大事なんです。つまらない洗脳じみたことに囚われて命を危機に晒すなんてバカバカしいです。いくら罵られようと、今はこの人に尽くすのが確実に生きれる」

「……分かった。もうキル様は諦める、ミーサは惨めな人生なまま死にたくない」


 苦虫を噛み殺すような渋い顔を浮かべるミーサは、サーシャの隣に並び同じように頭を下げる。


「お前ら、そこまで生きたい理由は?」

「孤児なんです、二人とも」

「責任感のない親に産み落とされて、理不尽な日々を暮らした。そんな退屈な日々のまま死にたくない」


 孤児か。そうか……こいつらは常に死と隣り合わせだったから、狡猾に立ち回るしか自身の身を守れなかったんだろうな。


「不幸中の幸いなのか、サーシャたちは女に産まれました。だから毎日男性に体を許し、日々を細々と生きれる程度の金貨を……」

「ぼう……ぼうごれいじょういゔな……」


 話を聞いて、俺は気付けば頭を下げる二人を抱き寄せていた。

 この話が真実か嘘かなんてことは分からない。これも狡猾な立ち回りかもしれない。だけど、このキャイキャイうるさいミーサが演技ができるとは思わない。


 辛かったのは事実なんだろう。辛い過去を背負って、クソみたいな勇者に縋るしかなかったのだろう。そんな背景を想像して、俺の視界は涙と鼻水でぐっちゃぐちゃになっている。


「ぼまえだ……づらがっだな……」

「アイク泣きすぎ」

「だっでよお……」


 緊張の糸が解けたように、ミーサは声を上げて泣いている。小さな腕で俺にしがみつき、今までの過去を洗い流すように。

 それに、サーシャも涙を流し、その涙が伝う顔を隠すように俺に押し当てて、小刻みに体を震わせている。

 こんなの……こんなの……絶対実話じゃねぇか。


「アイク様、サーシャたちはあなたのために全力を尽くします。先ほどの無礼はどうかお許しください」

「アイク様ごべんなざい……ミーサも絶対にアイク様のために役に立つから……!」

「おう……お前らがもう感情を縛らずに生きれるよう努めるし、孤児が報われる世界にもする。だから一緒に頑張っていこうな」


 自分でも単純だとは思う。けどこんな話聞かされて、無理です見捨てますなんて言えるわけがねぇ。俺は女の涙にめっぽう弱い。自覚してる。


「アイク、二人にはどんな仕事を任せるの?」

「そうだな……」

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