EP28

 ***


   

 翌日、ラニアとロピスが仕事のために動き始めた。そんな中俺はサラに叩き起こされて外出の準備をしていた。


「時間は有限。急ぐ」

「寝起きの三十分は大人しくするのがマイルールなんだけどなぁ」

「今日はそのルール撤廃」


 着替える俺の口にサンドイッチを捩じ込むサラは、そのまま俺の手を引いて歩く。行き先はゲート。人間界へ行くには必ず通らないといけない場所だ。


「まだ寝てぇなぁ」

「ラニアとロピスは今も仕事してるのに怠けたこと言ってる」


 今から遊びに行く一番怠けてるやつが何か言ってる。

 浮かれ気味にキョロキョロと周りを見渡すサラは、徐々に人間界の街に対して訝しげな眼差しを向け始める。


「どうした?」

「気持ち悪い」

「え、ごめん」


 サラの顔を覗き込むように体調を心配したら、まさかの罵倒が飛んできた。恥ずかしさとショックで、俺はこの顔を手で覆ってサラに背を向けることしかできなかった。部下に連れ出され罵倒されるなんて……。


「違う、アイクじゃなくて。この街、おかしくない?」

「良かったぁ……俺イケメンだもんな。でも別に街もいつもと変わりねぇし、気持ち悪くないけど?」


 見渡す限り、平和な日常が流れている。時々フライパンや包丁をもった人々が街を徘徊しているのが目につく程度で、ほぼ変わりない日々だろう。


「向こうに行ってみよう。騒がしい」

「どんな耳してんだよ」

「こんな耳」


 騒がしくもない方向へ行くサラは、歩きながら耳を強調するように髪をかき上げて俺を背中越しに見つめる。前見て歩け、転けるぞ。


「……? 祭か今日は」

「どう考えても違う」


 サラが向かう方向に進めば進むほど、怒号に近い声が俺の耳に入ってくる。肉塊を打つような生々しい音や、悲痛を堪える吐息が微かに漏れ聞こえる。


「穏やかじゃねぇなぁ……」

「アイク、あれって」


 人混みからチラリと見える人影が二つ。その二人は俺も知っている人物で、サラも知っている人物だ。


「あのクソ勇者の取り巻きだな」

「ミーサとサーシャ……」


 身体中から血を流し、多くの人から物を投げつけられたり手頃な鈍器で殴られる二人は、地面に突き刺される木に縛り付けられている。


「勇者が消えただと!? ふざけるな!」

「魔王どもが活性していると言うのに、何を考えているんだ!」

「いつも上から目線な態度で俺たちを無碍にするくせになんなんだ! 責任とれ!」


 どうやら勇者が姿を消したことでこの騒ぎが起こっているようだ。なんやかんや騒ぎ立てているが、要は頼りの勇者がいなくて、いつ魔王に襲われるかが怖くて八つ当たりしてるだけだろ。


「アイク、あの二人と話がしたい」


 そう言うサラの表情は険しく、怒りを露わにしている。ただ、その怒りの矛先はどうやら以外にもミーサとサーシャではなく、その二人に因縁をつけて八つ当たりしている人々に向いていた。


「あいよ」


 要するに助けろってことね。

 深く息を吸って、俺は魔力を少し解放して砂嵐を巻き起こす。


「――フハハハハ! くだらぬことで一致団結するのだな。人間という愚者どもは」


 砂嵐で視界を遮る俺は、大きく虚勢を張りながら二人を縛りつける縄を懐に潜ませていたダガーで切り付ける。


「だ、誰だお前は!?」

「誰だだと? この我を前に随分な威勢じゃないか。死にたいのか?」

「アイク、その演技やめて。なんか変」

「おいこらバカ。せっかく有耶無耶な感じでこの二人連れ出そうと思ってたのに台無しじゃねぇか」


 魔王としての風格をアピールしている最中に空気を読まずに中断してきたサラは、二人を縛り付けていた木を悠々と握り潰し、辺りを震撼させた。

 なんで魔王差し置いて部下が威厳を見せつけてんだよ。


「おい愚民ども。勇者はこの俺、アイク・ロードとサラ・ドラゴが始末した」

「……なんだって?」

「勝手に他人に希望を抱いて、勝手に他人を絶望からの不安の捌け口にするカスは耳が遠いんだな。よってたかって弱そうなやつボコるなんて正気か?」


 どう考えてもこの二人は戦闘に不向きだろう。見た目や勇者に対する言動から、股と頭がゆるい残念な子なんだろう。そんな二人を見せ物のようにいたぶるなんてとことん趣味が悪い。


「ミーサ、サーシャ。今は逃げる、後で話は聞くし文句も言わせてもらう」

「「サラ……」」


 呆然と立ち尽くす人々を置いて、サラは二人を連れてこの場から離れていく。二人も、状況を理解できないまま、サラに手を引かれるまま歩いている。


「おい、こちとら可愛い部下とデート中なんだよ。不快なもん見せてんじゃねぇよ」


 数で押し切れると思ったのか、啖呵を切ったり物を投げつけてくる愚者にイライラしてきた。


「次こんなクソつまんねぇ真似してるの見つけたら心臓握り潰すからな」


 それだけを言い残して俺はサラたちを追う。ミーサとサーシャは立つことすらままならないし、一旦どこかに逃げ込みたいがここは人間界だからなぁ。ツテがねぇんだよ。


「サラ。片方は俺が担ぐから、もう片方は担いでやってくれるか? 立つのすらままならねぇだろ」

「わかった」

「どうしてミーサたちを助けるの?」

「本当にキル様を始末したんですか? サーシャたちに復讐するためにあえて助けたんですか?」


 痛みを堪えながら俺たちに、助ける理由を尋ねる。なぜ助けるっつたって、俺はサラの考えに乗ってただけだから、ここは沈黙だな。


「抵抗できない雑魚を痛めつけるのが気に食わなかった。ワタシはもうお前たちに未練はないし、今は楽しい人生送ってるから復讐なんて興味ない」

「お前らん家どこだよ、怪我なんとかしようぜ」


 ツテがないと思っていたが、こいつらそもそも人間だからここら辺に家あるんじゃねぇのか?


「サーシャたちがキル様と暮らしてた自宅はもう壊されましたよ」

「キル様が消えて、家が壊されて、囚われて、ミーサたちは一週間ずっとあんな感じ。もう帰る場所なんてないよ」

「今まで散々威張り散らしてたしっぺ返し感やべぇな。ウケる」

「一緒に調子乗らなくてよかったと思える。でも一週間は長すぎる」


 こいつらはサラを利用したし、サラ自身も思うところはあるだろうが少しくらいは同情の余地がある。見るからに憔悴しているし、今は一刻も早く休ませてやるべきだ。


「――あれ? お兄さん?」


 どうするべきか。そんなことを考えていると、背後から声が聞こえる。恐らく俺を読んでたのだろう。


「ケーキ屋のお姉さんだ。お久しぶり、店は順調?」

「はい、ケーキ屋を営むミント・ライルです。出張販売、いい感触でしたよ……ってそんな悠長にしている場合じゃなさそうですね?」


 俺が以前提案した出張販売は、割と盛況だったらしい。詳しく聞きたいところだが、だが今の状況を見たミントは一旦自分の店へ移動するように提案してくれた。


「悪いなミント。仕事あるだろうに」

「ううん、いいんだよ。困ってる人優先! それに、人手不足で店回せないから少数しか商品出してなくて午前には仕事終わるからいい」


 街でリンチされてた二人を救ったこと、その二人は俺の仲間を利用してたこと、そして俺は魔界で魔王をしていること。全てを打ち明かしてもなお、ミントは恐れることなく……それどころか親切に受け入れてくれる。こういう人を人徳者と言うんだろうな。勇者どもとは違って。


「とりあえずサラちを利用したお二人さん、治療してあげるけど、あとでちゃんと謝りなよ?」

「「はい……」」

「アイクち、人助けはいいけど、今後人間界に居づらくなったんじゃない? もう顔を覚えられてるだろうし」


 手際よく二人の傷を処理していくミント。

 小さな瓶の栓を開けて、ドロッとしたクリームを切り傷に塗布し、頭部の外相には優しく包帯を巻いていく。


「いたた……」

「我慢してー。仮にも勇者パーティーの一員なんでしょ?」

「つってもどうせ性処理担当その一、その二だろ」


 強者に媚びて自身の価値を高めるしか脳のないくせに、サラを都合よく利用してバカにしたことは絶対に許さん。多少の同情の余地があったとしてもだ。


「こらアイクち。実際そうでも、それも女の子の一つの選択肢なんだから、滅多なこと言うもんじゃないよ」

「ミント、アイクはデリカシーがない。それよりこのケーキ美味しい」


 試作品で作っていたケーキを食べさせてもらっているサラは、満足げに舌鼓を打っている。


「ありがとサラち。それ今度出す海鮮モンブラン。ウニを主体としてる斬新なメニューって自負してるよ!」

「それ美味いのか……?」

「人智を超えた味がする。ほら」

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