EP26

「どうせ大きなおっぱいに惹かれたんでしょう」

「いやぁ眼前に広がるまな板も絶景ですよラニアさん」

「ほうほう、やはり形ですよね――って誰のおっぱいがまな板ですか!?」

「おっぱいと言うよりちっぱい」

「サラさぁん? 次のトレーニングは覚悟してくださいね?」


 ボソッと余計なひと言を放ったサラのおかげで、怒りの矛先はサラに向いてくれた。


「アイクのせいで地獄が待ってる」

「自業自得だろ」


 俺の後ろに隠れるようにピタッとくっつくサラの胸は俺の腕に接触して、押しつけられた部分がムニっと肉を強調して俺の体では隠しきれない。


「…………」


 すごく絶望したのだろう。声にならないほど呆然と、自分と周りの格差に落胆していた。


「落ち着けラニア、巨乳も貧乳も等しく尊いおっぱいだ。他人と比べるのはあまりにも愚かだ、男からしたらどちらも拝むべきものだ、堂々と自分の胸に自信持て、お前は綺麗だ」

「アイクさん……! それでも気になるものは気になりますね……」

「アイク殿、男と女では胸に対する考えが違うんでさぁ……」


 よく分からないがこれ以上踏み込むのは命に関わる気がした。夢半ばで死ぬわけにはいかない、大人しく撤退しよう。


「悪かったなラニア、でも俺は貧乳でも全然断然イケるぞ」


 それだけ言い残し、俺は逃げるように浴場から颯爽と立ち去る。烏の行水のサラは俺についてきたが、長風呂のラニアとロピスはゆったりと浸かるそうだ。


「男って胸のなにがいいの?」

「本能に刻まれてるんじゃねぇか? 胸はエロいみたいな感じで」

「クソみたいな本能」

「そんな本能のおかげで子孫が繁栄してんだぞ、人類なめんな。下心が未来を作るんだよ」

「一回滅ぶべきじゃない?」


 魔王を差し置いて魔王のような発言をするサラは、自分の大きな胸を持ち上げて拭きながら脱衣所に展開された冷風が巻き起こる魔法陣の前でクールダウンしている。


「アイクはワタシの胸みてどう思う?」

「クソデケェなって思う」

「ロピスは?」

「デケェなって思う」

「ラニアは?」

「チッセェなっておも――おいこら、なに言わすつもりだ」


 万が一にもラニアに聞かれれば殺されるであろう発言誘導するサラは、「やっぱりデカいに分類されるのか」と自分の胸を確かめるように軽く揉んでいる。指が肉の塊に吸収されるように沈んでいくのが見える。

 この城の女は恥じらいというものがないのだろうか? 仮にも男の前なんだが?


「バカなことやってねぇで早く着替えろよ、風邪引く」

「竜人病気しない」

「病原菌を侮んなワガママドラゴン」


 早急に着替えを済ませた俺は、サラに早く着替えるように促して服を投げつけた。


「アイクお腹すいた」

「よし任せろ久しぶりに俺が料理を作ろう」


 そう言うとサラは飛び跳ねる初期動作のように体を少し沈めるが、あることに気付いたらしい。


「やった――って喜べない。惨劇が……」


 俺が久々にやる気を出したというのにサラは、「最新鋭設備が壊れるのは辛いからワタシが作る」なんて我に返りながら服を着た。


「なにが惨劇だよ、俺だって成長してんだよ。サラが力加減出来るようになったように、俺だってちゃんと成長してるってとこ見せてやる」

「そんに言うなら任せるけど、横にいるから無理だと判断したらすぐ止める」

「上等だ」


   

 ***


   

 少し焦げ臭い香りが漂うキッチンで、俺とサラは輝きを放つほど綺麗にもられたパスタを頬張る。


「さすが俺」

「ほんとさすが。どう頑張ってもフライパンを消し炭になんて出来ないよ」


 呆れたように、結局自分で作ったパスタを頬張るサラ。

 そう、なぜかフライパンが灰になった。ちょっと魔力を使って火力高めて時短しようとしたら失敗した。

 魔力を解放してフライパンに魔力を流した瞬間、フライパンに入っていた食材もろとも消え去った。


「料理はクソです二度としねぇ」

「アイクは才能ないからワタシに任せればいい」

「そうだな」


 下手に背伸びして惨めになるより、俺の舌に合った美味い料理をサラに使ってもらう方が断然うまいし幸せだ。

 パスタにフォークを通して持ち上げればフワッと出汁の芳醇な香りが鼻を刺す。サラはどうやら料理の腕も成長している。


「そういえばさ、ロピスも料理できるじゃん?」

「うん、ワタシより上手い」

「ふと思ったんだよな俺は」


 なにを? なんて聞き返すサラに俺はあえて少し間を置いて言葉を発する。


「ラニアってどうなんだ?」


 今のところ料理が出来る人材が二人、皆無人材が俺一人。そんな中ラニアまで料理が出来る側なんてさすがに俺が可哀想じゃないか?


「分からない。聞いてみよう」

「いや、ただ聞くだけは退屈だろ」


 俺は楽しめる内容を思い付いてしまった。


「題して! 第一回! チキチキ! 死のお料理対決!!」

「死……?」


 ドンドンパフパフな雰囲気にサラはついて来れないのか、困惑しながらも意図を理解しようと必死に首を傾げていた。


「くじで二人組を作るんだ。そんで二チームで料理対決」

「対決の趣旨は分かったけど、どうして死なの?」

「だって俺がいるんだぜ? それにラニアも俺と似たようなレベルだと間違いなくトラブルがルンルン旅行気分でやって来るぞ」

「ギャンブルすぎる」


 サラの言う通り、これは商業施設オープンに向けた前哨戦のようなギャンブルだ。と同時に、もし忙しくなった時にラニアもヘルプに入れるほどの料理スキルを持っているかも確認出来る。

 まぁ当然俺は厨房出禁だし、客引きするしかないんだけどな。きっとラニアもそうだろう。


「勝者は敗者を一日自由に出来る権を獲得出来ます」

「そのギャンブル乗った」


 即決で勝負が決まった。あとは風呂上がりの二人を捕まえて厨房に連れ込めばバトルスタートだ。


「――あら、楽しそうですね。なんのお話ししてたんですか?」

「アイク殿、なにか企んでるような顔でさぁ。なにが始まるんやら」


 狙ってたかのようなナイスタイミングで現れた二人。

 サラはロピスを姫抱っこで運び、俺は厨房ラニアを俵担ぎで厨房まで運ぶ。


「急に運ぶのは百歩譲って許容するとして流石に乙女を俵担ぎは世間が許しませんよ!?」


 エルフ伝統の衣装の裾を抑えて下着が見えないようにしながら何か言ってるラニアだが、今更乙女とか言われてもなぁ。


「ラニア殿、どこに向かってるんで?」

「厨房。今から料理対決」

「楽しそうなこと思いつきやしたねぇ」


 綺麗な髪をヘアバンドで上にあげるロピスは、ふわふわの部屋着姿のままサラに抱かれて厨房まで運ばれて行った。なおラニアは俵担ぎに慣れたようで動じなくなった。


「よし、やるか。ほらくじ引けー」

「いつの間に用意したんですかそんなの」

「くじくらいポケットに常に入ってるだろ」

「それはアイクさんだけですね、子供ですか?」


 瞬時にくじを用意した超絶ファインプレイを炸裂させる俺に、なんてことを言うんだろうこの痴女エルフは。


「紐の先端が赤く塗られたやつと、塗られてないやつがあるから、同じ紐引いたやつどうしがチームな」

「承知でさぁ」

「早くやろう」

「付き合うしかなさそうですね……」


 先端をギュッと握り、サラたち3人がそれぞれ紐をつまむ。

 残った紐を俺がつまみ、サラの掛け声で一斉に引き抜く。


「俺は……赤か」

「アッシは無色でさぁ」

「ワタシも」


 赤が一本。それと料理できる二人が赤。となると。


「あらアイクさん、お揃いですね。よろしくお願いします」

「こうなるかぁ……」


 料理したらフライパンを消し炭にする俺と、不確定要素のラニア。


「アイク、ラニア。とりあえず命大事に。危なくなったらワタシかロピスを呼んで」

「なるはやで来てくれよ……」

「アイク殿とラニア殿は料理できないんで?」

「私はできますよ」

「俺はやろうと思えば多分出来るんじゃないか? 恐らく多分」


 厨房の端に置かれたエプロンを装備する。念の為に人数分プラス数枚のエプロンを用意しているロピスは、流石の商人魂って感じだな。念には念を入れるのが躍進のコツかもしれない。


「アイク見栄張らないほうがいい。恥の上塗り」

「言葉きっつ。見返してやろうぜラニア」

「別に私に被害ないんですけどね……でもいいでしょう。勝負こととあっては手は抜けませんからね」


 ラニアの瞳に闘志が燃え上がる。これは期待してもいいかもしれない。料理が出来るとさも当然のように言い放ったんだから。勝ちまではいかなくても、対等に渡り合えるのではないだろうか? そんの期待を胸に、俺は厨房で立ち回る。

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