EP25

 センスない一号サラにまでセンスを否定されるラニアの作品。

 そこには筋肉質なイケメンが描かれていて、『食べればきっと筋肉輝く』と達筆で強調されていた。

 なぜイラストと一言にこだわるんだこいつら。


「あのなお前ら、こういうのは変に尖らなくていいんだよ。見てろよ?」


 ラニアが描いた筋肉質なイケメンをザッザッと消して行き、新品のような綺麗さに戻して白墨をぶつけていく。


 ど真ん中に大きくスープを描く。

 その周りに小さくおにぎりとパンのイラストを散らせて、金額を書くだけ。それだけ。


「ほら、こういうのでいいんだよ」

「……文句言いたかった」

「同感ですね、でもこう……乙女心をくすぐる絵柄と言いますか……」

「ゆるい絵を描かせれば俺の右に出る者は数百人程度しかいねぇからな」


 メニューも看板もほどほどのクオリティでとどめて、客の反応を見て改善して行く。これが一番効率のいいやり方だろう。最初から完璧を求めても疲れるだけだしな。


「さ、戻るか。ロピスが戻ってきた頃には飯食えるようにしといてやろうぜ」

「そうですね、一番の功労者ですもの」

「ロピスに負けないクオリティの料理を作る」


   

 ***


   

 ロピス帰宅から飯、そして経営戦略会議が行われて数時間。


「要するにまずは初日は客のパターンを分析するって感じだな?」

「ええ、初日から盛況なんて甘い話はありやせんからね」

「商売ってめんどくさい」

「やはり商売は私には無理そうですね、ロピスさんの話の八割が理解できませんでした」


 商業施設の件に関しては俺とロピスの二人が主となって動くしかなさそうだな。


「アイクさん、私とサラさんは日課のトレーニングに行きますね」

「体動かさないと寝そう」

「おう行って来い脳筋ども」


 小難しい話に参加するのは諦めたようで、二人は星が煌めく夜空の下へ駆け出していった。そんな二人を見て微笑ましく思ったのかラピスは和やかな笑みを浮かべていた。


「ロピス、俺たちも一息入れるか。風呂入ろうぜ、男二人水入らず、積もる話もあるだろ」

「アッシはこの案だけ詰めてから行くので先行っててくだせぇ」

「へーい」


 ロピスは仕事熱心だな。

 机に向かい続けるロピスよりひと足先に浴場へ向かう。大きな浴場は、思考をリセットしてリラックスするのに最適な空間だろう。


「っはぁぁああ! 沁みるぅ」


 体の汚れを流して、少し温度の高めの湯に体を浸ける。高温が体の芯を刺激するように作用し、これ以上ない至高を体験する。

 熱い湯の後はクールダウンしてサウナで体を引き締めるのが最高に最高なんだよな、ロピスと一緒に整おう。

   

 そんなことを考えながらうたた寝しそうになっていたら、ガラガラとドアの開く音が聞こえる。ロピスが仕事を終えてやってきたようだ。

 湯気でぼんやりとしか見えないが、ロピスは今体を流している。


「浴場も煌びやかで綺麗で居心地がいいでさぁ」

「ほんと好きだよな、ロピスもラニアも」


 サラは例外だが、うちの部下はこの城の風呂を大変気に入ってくれている。リラックス出来ていいのだとか。


「この熱いお湯が沁みる至高の時間、立派な浴場でさぁ。アイク殿、隣失礼いたしやす」

「分かってんなぁ、風呂は熱いのに限……る、んだよ、な……?」


 隣にこようとするロピスを視認した時、脳に深刻なバグが発生した。

 いつも手拭いで隠れている髪は、実は妖艶な紫色で、肩に当たるくらいまで長かった。そしてなにより、浴場が立派だと褒めるロピスの胸の発育が立派に主張していた。


「ん、え、ロピス……でいいんだよな?」

「アッシの顔忘れたんですかい?」

「いやいつも手拭いで目のあたりまで隠してるじゃねぇか。というかそれのせいで頭混乱してんだが」


 髪と同色の瞳で俺をみるロピスは、恥ずかしげもなく俺が指差すその先、自分の胸部をマジマジと観察して、プニプニと持ち上げてみる。


「サラ殿ラニア殿とお揃いでさぁ」

「ラニアとお揃いとか絶対本人に言うなよ、消されるぞ」


 お揃いと言って俺に見せつけるように動かすそれは、サラとはお揃いでもラニアとは揃う要素が見当たらなかった。無理に共通点を見出すとするなら一応脂肪というところだろうか。サイズは雲泥の差だが。


「てかロピスって何者なんだ? 俺は男だと思ってたぞ」

「アッシは女でさぁ。女だからって偏見の餌食にならないためにあんな格好してるだけでさぁ」

「やりすぎだろ、びっくりしたわ」


 驚いたものの、もう目が慣れた。男だと思っていた人物が女体化したと思って困惑していただけで、今目の前にいるのは純然たる美人というだけだと認識すればなんてこてない。


「聞きたいんだけど、いつも猫背だよな?」

「意図的に猫背にしてるだけでアッシの素は普通に姿勢いいですよ?」


 いつも猫背の印象も今日で払拭されそうだ。


「やっぱり旦那の反応が普通なんでしょうねぇ」

「……?」


 隣にザブンと浸かるロピスは、しみじみと言って宙を仰いだ。


「ラニア殿とラニア殿には見破られたんでさぁ

「あいつら知ってたのか!?」


 急に心臓がバクバクしてきた。まずい、さすがに女性と二人で裸の付き合いなんてしたら俺の社会的地位が終わってしまう。


「知ってやすよ。雰囲気で分かったと言ってやした。ラニア殿はなぜかサラシを羨ましがってやしたよ」

「あぁ……縁がないからだろうな……」


 サラシいらずでまな板を生成出来るラニアからしたら、サラシで板を作るのが羨ましいんだろう。


「というか風呂出て何事もなかったようにすんぞ。そろそろ二人が戻ってくるかもしれねぇ。バレたら俺の社会的地位が危うい!」

「大丈夫でさぁ。サラ殿もラニア殿も、『アイクは絶対風呂誘ってから気付くだろうね』って言ってやしたよ」

「なんで行動パターン読まれてんだよ、くっそ予測されてたと思うとなんか悔しいな」

「大抵の人は気付かないんであのお二人が例外でさぁ」


 もうなんでもいいや。


「にしてもロピス髪綺麗だな、この髪手拭いに隠せてるのすげぇよほんと」

「アッシの手拭いは魔法を使用して髪のボリュームが目立たないようにしてやして。布で擦れて痛むこともないんでサラサラさを維持できるんでさぁ」


 濡れていても分かるほどの艶と指通り。持ち上げればしっとりと、それでいてスムーズに俺の手から舞い落ちる紫の髪。


「綺麗な瞳だし、隠す必要なくないか? 今は俺たちがいるし舐められても問題ねぇと思うけど?」

「言われてみれば確かにそうかもしれやせんね」


 見れば見るほどただの美女。あんな格好をしてなかったら確かに舐められる……と言うかナンパされるだろうな。


「でもすげぇよ、口調もこだわってるんだろ?」

「この口調は生まれつきでさぁ。ドワーフの村特有らしいでさぁ」

「へー、ドワーフだとそんな口調なのか――ドワーフ!?」


 ロピスは自身をドワーフだと言った。だがドワーフってのはちっちゃくてゴツい種族じゃねぇのか? ロピスはちょい小柄かな? 程度だぞ。


「まあ混血で半分しか流れてやせんけどね。生まれも育ちもドワーフの村でさぁ」

「竜人にエルフにドワーフ……なんだが派手な集団になってねぇか?」


 ドワーフは器用で製造などが得意なイメージがあったが、ロピスは人間の血も流れてるらしいから、その影響で商才があるなんて違う方向に進化したのだろうか。


「アイク殿も大概だと聞きやしたよ。仲良くしていきやしょう」


 紫の髪と瞳が映える色白の体。

 まじまじと見たり、髪に触れていても満更でもない様子でロピスは会話を続けている。

   

 そして。

   

「――アイクさん、何してるんですかねぇ?」

「げ……ラニアにサラ……!」

「トレーニングは終わりですかい? お二方」


 ピキピキと額に血管をうっすらと浮かべるラニアが、全裸で俺の前で仁王立ちをしている。やっぱりロピスとはお揃いではないな。


「アイク、ロピスとお取り込み中だった? ごめん」

「気にすんな、ただマジマジと観察してただけだから」

「アイクさん? なにを考えてるんですかねぇ?」

「断じてエッチなことは考えてません! それだけは信じてくれ!」


 怒られるのは百歩譲って仕方ないが、仲間を風呂に連れ込んでわいせつするクズなトップだとは思われたくない。

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