EP24
***
紆余曲折とは、なんやかんやで物事が成功に終わるフラグである。
そんなマインドで俺は今最大級の課題を抱えている。
「場所を借りてくれる店がねぇ!!」
そう、店を建てたものの、借りてくれる人が現れない。
満を持してこの計画を進めたものの、初っ端から転んだ。
「まぁまぁアイク殿、ある程度は想定出来てたことでさぁ。ここからは慎重に行きやしょう。アッシとラニア殿で策は打ってありやす」
「そうは言うけどよロピス。なかなかにやべぇ状況じゃねぇか?」
目の前で思案する店主、もといロピス・フット。仲間になるからと今まで隠してきた名前を明かしてくれた。これでこそ仲間って感じだよな。
「アイクさん、まずは店の準備をしましょう。調理器具の運搬と、設備の配置。メニューの作成と看板の作成。まだまだやることはありますよ。細かいことは動いてから考える、とことんやりますよ?」
「食べる準備なら万全、頑張れアイク」
そうだな、悩むのは行動し切ってからでいいか。
「おいお前も手伝うんだよサラ。店主と料理の仕込みしてくれ、ラニアは俺と運搬と配置だ」
「一気にやる気を取り戻しやしたねアイク殿」
「本気出せばなんでもできるからな」
俺たちしかいない広い商業施設の中の一店舗で、俺たち四人は動き出す。店舗の厨房に移動するサラとロピス、店舗を出て商業施設の入り口に置かれた設備を取りに行く俺とラニア。
「か弱い乙女に設備を運ばせるのになんの躊躇もないんですねアイクさん」
「か弱い……?」
俺の辞書にある”か弱い”って単語が当てはまる乙女は、ダンベルを高速で扱わないし、湯気が立ち昇るほど体を追い込まない。そもそも痴女じゃない。
「はぁ……もういいですよ。どうせ私は可愛げのない筋肉エルフです」
「可愛げなんていらねぇだろ。ラニアは美人痴女枠、それでいい」
「美人枠でいいじゃないですか!」
歩きながら俺の脇腹をデュクシと突くラニアはニヤッと楽しそうに笑っている。ほんと、黙ってたらすっげぇ好みの顔してんだけどなぁ。
「お、まずは追加の冷蔵庫だな。あと調理台。冷蔵庫持つから調理台頼むわ」
「一人で持たすんですか!? まぁ持てますけども」
自分より遥かに大きい調理台をヒョイっと軽々しく片手で持ち上げるラニア。俺は両手を使わないと冷蔵庫を持てない。
「小物系の包丁やフライパンもありますし、早く運びますよ」
「お、おおう……」
スタスタと進むラニアを追いかけるのに精一杯で、今は何も考えたくない。冷蔵庫も調理台もどっちも重いはずなのに、あんなに軽々しくと持っているラニアは正真正銘の筋肉エルフだ。
「思いなら半分持ちましょうか?」
「ばっか、これくらい持てるっての」
「そうですか」
腕がプルプルと震える俺をニヤッと見ながら挑発するようにラニアは鼻で空気を鳴らした。この脳筋痴女め……!
「サラ、ロピスこれどこ置けばいい?」
「子鹿……?」
「だれが産まれたてだ」
「子鹿殿と比べてラニア殿はゴリラの様ですね」
「「おい」」
サラは確実に悪意を持って俺をディスってくるが、ロピスは悪意なしで満面の笑みを浮かべている。そんなロピスの言葉は俺だけではなくラニアもディスっていた。殺傷能力が高い。
「アイク、冷蔵庫はそっち。調理台はここ、他の細かい調理道具はまとめて調理台の上に置いといて。よろしく」
「あいよ」
何事もなかった。そう言うように作業をテキパキに進めて指示を送るサラ。厨房ではまるで別人のように的確な行動を心がけているようだ。
「アイク殿、後で提供メニューの最終チェックお願いしまさぁ」
「了解」
「アイクさーん、次の往復行きますよー」
「あいあーい」
残りの設備を取りに行くために進むラニアは、俺を呼び同伴させてくる。量的にラニア一人でいけると思うんだけどな。
「何この鍋重た……」
「煮物に使う鍋らしいですよ。なんでも最強の強度を誇るそうです。頑張って持ちましょうね」
言うラニアは、右手にフライパンや包丁などのキッチン道具。左手には俺が必死に抱える鍋と全く同じもの。こんな鍋二個も使うつもりか? 厨房だとサラしか持てないな。
「今日一日でこんなにも筋力不足が仇になるとは……」
「今後は私が手取り足取りレクチャーしますよ?」
「エッチなことするつもりか」
「しませんよ!?」
次回、痴女エルフによる筋肉レクチャー(仮)乞うご期待――というわけでもないらしい。ラニアに筋トレを付き合ってもらうのは遠慮したい。
ストイックは俺に向かないんだ、たまぁにトレーニングルームを使用するくらいが性に合っている。
ラニアとふざけ合いながらも、なんとか重い鍋を運び終えた俺は、机に向かって唸りを上げる。
「食材表記はいらないでしょ。何入ってても美味しかったらいい」
「でもまだ一品しか出さないんだぜ? 書くことねぇから食材表記くらいしか余白を埋めれねぇよ」
小さな厚めの紙に、メニューを一品書く。そしてそれで終了。現在はこの一品しか出さない予定……というより時間の都合でこれしか出せない。
ウマウマ鶏のジンジャースープ。店主の得意料理のこのスープ。魔界で買える身の引き締まったウマウマ鶏を鶏ガラとジンジャーで煮詰めたスープ、これだけで当面を乗り切る予定だ。
「旦那、おにぎりとパンを追加しやしょう。パンはまとめて焼けば終いですし、おにぎりはスープに合うように塩にすればいい話でさぁ」
「それだ、スープを引き立てる炭水化物」
「パンとおにぎりの材料はアッシの店から持ってきまさぁ」
現在は閉店させているロピスの店から余っている食材を持ってきてくれるらしい。もう仕入れをしていないとはいえど、明日分くらいは残っているそうだ。
「助かるよロピス」
「アイク殿の役に立てたようでアッシは最高に嬉しいでさぁ」
俺たち三人は看板とメニューを完成させてから城に戻るが、ロピスは自分の店に食材を取りに帰ってから、またこの商業施設を経由して城に戻るらしい。
「看板なんてテキトーに終わる」
「じゃあ一回サラ描いてみ」
「任せろ」
店前に置く予定の自立式ブラックボードに、サラは大胆に白墨を打ち付けていく。カッカッと心地よいリズムを奏でていく。
「できた」
「ほぉ? どれどれ」
「随分と早い仕上がりですね」
ほんの数十秒で完成させたサラだが、顔は自信に満ち溢れている。よほどの自信作なんだろう。
「……なにこれ」
「看板」
どでかく『うまい』と書かれた質素な看板の下部に、ミイラのような人影が四つ描かれている。
「じゃなくてこのミイラ」
「アイク」
「冗談だろ?」
左端に書かれたアホヅラを俺だと言うサラは、順にサラ、ラニア、ロピスだと説明する。なんだろうこれはディスだろうか? いやしかし、自分も酷い画力で描かれているんだよな。
「至って真剣なのに」
「こ、個性的で素敵ですよサラさん! でも……センスがすごすぎて万人にはウケないんじゃないですかね? ここは私に任せてくれますか? サラさんの才能はもっと輝く場所まで取っておきましょう!」
「さすがラニア。アイクと違って分かってる。ここはラニアに任せた」
ササッと布でサラの描いたミイラを消していくラニアは、真剣な目付きでブラックボードの大きさを把握してバランスを分析している。
「来ました、最高のパッション」
「オチが見えてんだよなぁ……」
サラと違い、綺麗なタッチでゆっくりと描いていくラニア。スーッと耳に入る心地のいい音を響かせること数十分。
「完成です」
「却下」
「ラニア、センスない」
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