EP23

「店主、どうだ? この城は」

「生まれて初めてでさぁ、魔王城に招かれてこんなにも穏やかな空気を味わえたのは」

「そうか、そりゃよかった」


 嬉しそうに言葉を弾ませる店主のリアクションを見るだけで、リフォームした価値があったと言えるな。


「店主さん、お料理美味しかったです」

「エルフの方、お口に合ってよかったです」


 テーブルの周りに四つ置かれた椅子の一つに座る店主の斜め向かいに陣取るラニアは、細やかな気遣いを忘れない。

 俺はお決まりの位置に置かれたソファーに座る。場所は変わらないが色が変わった真っ白なソファーにはクッションを抱えて中央に居座る先客がいるが、気にせず強引にソファーに座る。


「ちょっと寄ってくれ」

「やだ、動くのしんどい」

「動け、乳揉むぞこら」


 一瞬にしておやつを食べ終えていたサラは、もうすでにリラックスしきっていて動く気配がない。


「アイクさんやっぱり巨乳好きですね!?」

「客人の前でも自由かお前ら。悪いな店主、うちは少数精鋭で問題児ばかりなんだわ」

「筆頭の旦那で慣れてやす」

「誰が問題児だ」


 自由な部下二人のおかげで、場があったまってきた。


「で、店主。土地もらってくれるか?」

「旦那。さっきもいいやしたけど、魔王はテリトリーの大きさが重要なんでさぁ。そんな容易く他人にテリトリーフラッグを譲っちゃいけないでさぁ」


 店主は頑なだ。


「店主さんの考えはもっともですね」

「ラニアなんとかしてくれ。俺としては受け取って有益に使ってくれた方が助かるんだよ」

「もう強引にするしかない」


 すくりとソファーから立ちあがろうとするサラを取り押さえながら、俺はニヤリと口角を上げるラニアを見逃さなかった。


「簡単な話ですよアイクさん。店主さんがワールドピースに入ればいいんですよ」


 フフッと笑みを浮かべて俺を見るラニア。

 そうか、なるほどな。店主を仲間にしたら、土地を他人に譲渡する問題が解決されるし、俺も土地の有効活用が出来る。


「それだラニア! って言うわけで店主、俺んとこ来てくれよ。これから一緒に世界取ろうぜ」

「……旦那、本気ですかい? アッシは旦那の仲間になることで得れるものがあるかもしれやせんが、旦那たちにとってメリットはありやせんよ?」

「美味しい飯が食べれる」

「天才的な商売技術を間近で見れるのは十分メリットですよ」


 メリットなんてのは特に求めてねぇんだけど、得れるメリットが割と多いことが露呈した。


「なにより、仲間は多い方がいいしな。一緒に進もうぜ店主。それに、俺の頼みならなんだっけ?」

「へへっ、旦那は敵に回しちゃいけないって改めて思いまさぁ。ええ、アッシは、旦那の頼みならとことん叶えまさぁ」


 店主の拒む理由さえ無くなれば、どうやら容易く頼みを叶えてくれるらしい。


「アイクさん、随分店主さんを虜にしてるんですね」

「アッシはこの旦那こそが魔王に相応しいと思っているんでさぁ。この腐った世界を一新してくれる、それくらい偉大なお人に虜になるのは当然でさぁ」


 ラニアの起点で店主を味方に引き入れることが出来た。そうと決まれば、さっそく店の話をするしかないだろう。


「店主にそこまで言ってもらえると嬉しいな」


 ラニアと店主がいるテーブルのもとに行き、俺はラニアの隣に座る。そして一枚の紙とペンを手に取る。


「さっそくだけど、店をどうするか決めないか? 善は急げって言うだろ?」

「その行動力が偉大さの秘訣ですかねぇ」

「単にブレーキと考えがないだけだと思いますよ」

「ない者どうし仲良くしてこうな」

「仲良くする気ないですねその発言。私のどこのボリュームがないと言うんでしょうか?」


 多くを語らずとも伝えたいことを理解してくれる優秀な部下だが、こんな時くらいは無能でいてくれてもいいと思う。


「ま、とにかく。今後のやり方決めようぜ」

「まずは店を建てよう。業者には話通してるから、あとは詳細伝えるだけで店が建つぞ」

「旦那、まさかもう根回しは済んでたなんて、驚きでさぁ」

「これくらい当然だ」


 言って俺は、スラスラと紙にペンを走らせる。

 紙の中央に大きめの四角を描いて、机に向き合う二人に見せる。


「土地が無駄に広いんだよ。だからな、どこに建ててもチマンとした惨めな店になるぞ」


 元々大きな城が建っていた広大な敷地に、ある程度の規模の飲食店を建てたとしても、どうしても広大な余白が生まれて、寂しさを感じる外観になってしまうだろう。

 例えるなら荒野に一つポツンと立つカカシのような虚しさだ。


「風情があっていいんじゃないですかい?」

「一周回ってよく見える現象な、でも周りが殺風景過ぎねぇ?」

「それもそうですねぇ」


 どうしたものか。なにかいい案はないだろうか。


「一軒建てるだけじゃなくてもいいんじゃないですか?」


 ラニアは俺の紙とペンを強奪して、紙の裏側に大きな四角と大きな丸を描いた。

 そして。


「この丸全体を店としましょう。敷地全体を建物で埋めて、その建物内で何店舗かに分けるのです。そしていろいろな店に場所を貸して賑わせるんです」

「なるほどね? つまり規模デカくしてデカくするってことね?」

「本当に分かっているか怪しいですが……規模を大きくすることに間違いはありません。現在の市場を凌駕する規模の商業施設を造れば間違いない注目の的です」

「よしやろう」

「旦那、判断が早過ぎやしやせんか? 場所を借りてくれる人がいるかも分かりやせんし、他のリスクもありますよ?」


 即決。そんな俺に店主はリスクの開示と再考の余地を提案してくる。だが俺は再考するつもりなんて毛頭ない。


「リスクの問題は動く時には常にあるだろ。細かいことは動いてから考えようぜ」

「旦那……」

「大丈夫ですよ、店主さん。私も最善を尽くしますし、なんだかんだで上手くいく人ですから。でないとすでに死んでますよ」

「それもそうかもしれやせんね」


 サラッと酷いことが聞こえてきた気がするけど、俺は明日業者のもとへ行くことにした。外観なんかの細かいところは店主とラニアに任せよう。俺はこの件にほぼノータッチでも万事上手くいくと確信していた、紆余曲折はあるだろうけども。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る