EP22
エルフは大体が、膨大な魔力量を活かした魔法を得意とする、触れれば折れてしまいそうな儚い存在だと認識している。ラニアのようにクッキリと筋肉が主張しているエルフなんてのは聞いたことがないが、引く要素にしてはあまりにもくだらなすぎる。
「筋肉質な方がエロくない? 特にその腹斜筋肉。サラだって鍛えてるしムキムキだぞ」
「アイクさんは筋肉フェチなんですね」
「って訳では別にねぇよ? 俺だって一応鍛えてるし、引く要素にはならねぇってだけ」
俺がそう言うとラニアは「ちょっと失礼します」と言って躊躇なく俺の服を胸の辺りまで捲り上げる。
「無駄なく鍛え上げられてますね、大胸筋の締まりも見て分かりますし、腹筋も丁寧にシックスパックを育て上げててキュンとします」
「筋肉フェチじゃねぇか」
目をトロンとさせて俺の腹筋に頬擦りするラニア。トレーニング後の上がった体温を直に感じ、絵面的にも少しエッチな空気がトレーニングルームに流れる。エルフって本質は痴女だと思う。
「し、失礼しました。あまりにも綺麗な肉体をしていましたので。全人類が筋肉を育てる文化があれば私みたいなのでも生きやすい世界なんですけどね」
急いで離れるラニアは、照れ隠しのように近くにあったダンベルを凄まじい速度で上げ下げしている。俺なら間違いなく顔面殴打してしまう速度だ。というか六十キロあるぞあれ。
「だったらしたらいいじゃねぇか、どうせ世界を統べるんだ。病人と育ち盛りの子供以外には筋トレをさせればいい」
「そんな健康的なことをさせようとする魔王なんてアイクさんくらいですよ、きっと」
「インドア派からしたらクソ拷問だろ。まさに魔王的発想」
魔王になってからやりたいことが一つ増えた。きっと今より楽しい世界になるのは間違いないな。
「アイクさんなら私の弱点を聞いても笑って流してくれそうですね」
少し不安げな表情を浮かべるラニア。
「弱点? ナチュラルに痴女ってことか? 確かに笑える」
「痴女!? 違いますが!?」
違わないと思うが、本人の思う弱点はこれじゃないらしい。どこが痴女なのかを問うために露出度の高いトレーニングウェアで俺にしがみついてない胸を密着させてくる。そういうとこだぞ。
派遣所で出会った時はまだまともだったのに日に日にヤバさが加速している気がする。
「と、とにかく! 私の弱点はそれではなく、魔力が一切なく魔法が使えないということです」
「そんなことより絶対痴女の方が弱点だろ」
「そんなこと……ですか。私が長年悩んできたことをそんなことと言って受け流す、あなたはやっぱり最高の魔王様ですね」
「よく分からんがラニアが痴女ってことと魔法が使えないってこと、二個の弱点があることは把握した」
「本当によく分かっていませんね!?」
なにか必死に抗議してくるが聞く耳は持たない。俺は俺が正しいと思ったこれを貫く、それが俺の覇道。
「まぁまぁ、これ食えよ。店主の激うま飯」
「……多すぎませんか?」
「そうか? ちょっと少ないくらいかと思ったんだけど」
袋に詰められるだけ詰めた料理は、今手元に五袋ある。サラと俺のおやつくらいの量だが、ラニアには多いらしい。
「アイクさんも一緒に食べましょうよ」
「ならお言葉に甘えて」
トレーニングルームのベンチに二人並んで座り、近くにあるもう一つのベンチをテーブルのように使用し、店主の料理をそこに広げる。
「やっぱり多いですよ」
「美味い飯は腹一杯食べてもまだ食えるだろ」
「適度な食事がいい体を作るんですよ」
「ラニアは適度に食べなかったからそうなんだな」
俺の視線はどこを向いていたんだろうか、細い指で両目を突かれる。
か弱そうな指でも、筋トレエルフの筋力を持ってればダメージを効果的に与えることができる。
「いいですか? 貧乳は個性なんです。巨乳にはない手触りとおさまりのいいサイズ感、一度この魅力を知れば二度とデカいだけの胸を視界に入れたくなくなりますよ」
「落ち着け、俺はちゃんとちっぱいも好きだから」
「ならいいです……あれ? なんの話してるんでしたっけ」
本当になんの話してるんだろうこの痴女は。
「食ったら広間に行くぞ、店主口説いてるんだ今」
「あら、あの凄腕商人さんですね。あの人を口説こうとするなんて、アイクさんはやはり他の人とは別次元の思考をしてますね」
「ラニア店主に会ったことあるっけ?」
「今日挨拶にいらっしゃった時に会いましたけど、あの人有名な商人さんじゃないですか。人脈の太さに驚きましたよ私」
まじか、店主有名人かよ。
「颯爽と業界に現れ名も名乗らず競合の大手を叩き潰し、その後表舞台には立たず小さな店を営んでいると噂でしたが、まさか本当だったなんて」
「なんか道場破りみたいなことしてたんだな店主」
店主についての話は予想外だったが、ラニアなんでそこまで知ってんだよ。普通知らないだろそんなこと。
「私、一度お見かけした時にその手腕に魅入られまして、一時期商人を目指してたんですけど商才がなくて諦めました」
言うラニアは落ち込むように項垂れながら串焼きを美味しそうに頬張る。へこむか味わうかどっちかにしなさい。
魅入られてその道を志した故の、店主に対する情報の仕入れ量だったわけだが、まさかエルフを魅了する凄さもあるなんて、さすが店主だな。
「ラニアは商才なさそうな顔してるもんな」
「どんな顔ですかそれは」
「エルフ顔」
「それだとエルフがみんな商売できないということにな――あ、出来ないですね。エルフ顔は商才ないってことで大丈夫です。もうそれでいいです」
俺のいじりを否定しようとしたラニアだったが、急に受け入れはじめた。
ラニアが言うには、エルフの里には商売という概念が存在しないそうだ。必要なものは物々交換で入手するらしい。その文化故、店主の商才に魅入ってしまったのだろうか。
「まぁ落ち込むな、商才はなくても筋肉と痴女っていうアイデンティティがあるじゃねぇか」
「痴女って項目だけは返上させてください」
「それは出来ない相談だ。さ、広間に行くぞ」
腹が満たされたのか、食べる手が止まるラニアを見て、そろそろ広間に戻ることにした。残りはサラに渡そう。
袋に詰めなおし、トレーニングルームのベンチを元の配置に戻してから俺とラニアは広間へと続く明るい廊下を歩いた。
「私は以前の魔界を象徴するような禍々しさを嫌いじゃなかったですけど、リフォーム後の方が居心地いいですね」
「エルフの里は明るいんだろ? だったらこっちの方が過ごしやすいだろうな」
「ええ、一日中陽の光が降り注いでいますよ」
エルフは溢れる光で日光浴してるイメージあったから、リフォーム前の魔王城は息が詰まったはずだ。それを嫌いじゃなかったなんて言えるのは、サラと俺にはない大人な対応ってやつを心得ているからなんだろうな。
「今度エルフの里行きたい」
「男子禁制ですね」
「切るしかねぇか……」
「早まらないでください!?」
エルフの里に入るには、息子と決別する覚悟がいる。男のいない夢のような場所に行くには半端な気持ちで入れるわけがないってことだな。極力痛くない切り方を考えねぇと。
「だってぇ、男のいない夢のような里行きたいもぉん。ほぼ裸見たいな服のえっちなお姉さんに囲まれたぁい」
「絶対里に入れてはいけない存在ですね……」
そんな人を変態みたいに。
「まぁ俺の隣に痴女のエルフいるだけでお腹いっぱいだわ」
「そこは『綺麗なエルフ代表がいるだけで満足』とか言えないんですか」
そんなやりとりをしているうち、線のようなデザインが施された広間のドア前に辿り着いている。
「サラ、おやつあげる」
「食べ足りなかったと思ってた。ありがとう」
十分食べていたはずだが、サラの胃はまだまだ蓄えれる。無尽蔵だと思うんだよな、サラの食欲って。
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