EP16

 ***


   

 城が綺麗になった。業者が短時間で綺麗にしてくれた。


「なるほど、サラさんの因縁の方が訪れていたんですね」

「そ、これでサラが俺のところにいる理由が無くなっちまった……」


 ラニアが持ってきてくれたジャムでパンを食べながら、ふと考えていた。

 ラニアは俺を利用していた。必要なくなるまで。


「すぐに瓦解するような関係だったんですか? 私が感じた印象だと、信頼し合ういいバディだと思ったんですけど」

「あいつはもう復讐し終えたし、金も手に入ったし衣食住に困ることはねぇ。だから俺を利用する必要がなくなったんだよ」


 今サラはキッチンに軽食を作りに行ってていないから言えることだが。


「くっそ寂しくなんなぁ……」

「本人に言えばいいじゃ無いですか」

「サラいなくならねぇでくれよ……カッコつけて利用すればいいとか言ったけど俺はお前がいねぇとこの先雑魚にも負けんぞ……」


 一度考え出したら感情が込み上げてきた。感情ってのは厄介で仕方がない。


「だから本人に言えばいいんじゃないですか? 寂しいからいなくならないでって」

「あいつにはあいつの人生があるんだ。俺のために引き止めたら、あのクズ勇者とやってることがほぼ変わんねぇ」


 俺には俺のプライドってもんがある。サラを利用なんてしない、あのゴミと一緒は嫌だからな。


「めんどくさい人ですね、素直な気持ちを伝えないと、サラさんの意見も分かりませんよ」

「あいつはいいやつだから、素直な気持ち伝えたら残るんじゃねぇかなって思うんだよな。惰性で残って、あいつの人生に悔いを残して欲しくねぇ」


 めんどくさくてもいい、性格は将来直せる。けど誰かの人生は誰にもテコ入れ出来ない。だから気安く左右できることじゃない。


「――ほんとめんどくさいんだよ。お互い苦労するね、ラニア」

「サラ!? 聞いてた……?」


 最悪のタイミングで戻ってきた。会話聞かれてたかもしれない。持ってきた軽食をテーブルに置くとサラは、ソファーに座る俺の横にドサっと陣取る。


「ワタシがいないと寂しいとかの話ならしっかり聞いた。部屋入ろうとしたら喚いてて入りづらかった」

「サラさん、全部聞いてたんですね。アイクさん、この際本人としっかり話してみては?」


 そう言ってラニアは、軽食をつまんでから部屋を後にした。


「素直に言えばいい」

「言えるかよ。俺はお前の仲間であって主人じゃねぇんだ。離れるやつを追うほど野暮じゃねぇ」

「……ワタシも人のことは言えないか」


 俺の顔から視線を逸らすサラは、小さな声でつぶやいた。なにを言ったかは聞き取れなかったが、なんらかの決意をしたように感じた。


「もうワタシはアイクを利用しない」

「そうか……」


 ソファーから立ち上がるサラは、神妙な面持ちで俺に向き合う。


「短い間だったが、世話になったな。今度は利用されんなよ」


 最後だってのに、俺はサラの顔を見ることが出来ねぇ。覚悟はできてる、サラはもう自分の人生を歩むんだ。


「なに勝手に追い出そうとしてるの」

「え……?」

「ワタシは一生アイクの側にいる。竜人の寿命は長いから、ちゃんと看取ってあげる」


 俺の前に片膝をついてしゃがみ込むサラは、「あ、でもクウォーターって寿命どうなんだろ」なんて考え込んでいる。

 一方俺は思考をグルグルと回転させている。サラは今後俺を利用しない、けど口振からは出ていく気配はない。


「……!!!!!」

「ちょっと、飛び込んでこないで」


 声にならない叫びを発しながら、目の前に跪くサラに勢いよく飛びつく。普段破壊を繰り返す重機のような体躯は、思いの外柔らかく、安心感を感じさせる。


「でも本当にいいのか? これなら勇者パティーにいた時と一緒だろ」

「ワタシはこっちの方が楽しい。楽しい方に進む、迷惑はかけ続ける」

「さすが規格外のワガママだわ」


 俺の全体重を受け止め、尻尾でバランスをとるサラは強気に笑って、俺の顔をぐいっと掴む。


「そんなワガママを拾ったのはアイク自身だからね」

「側にいてくれるならもうなんでもいいわ。これからはガチで魔王軍らしく暴れていくぞ」

「うん、暴れるのは得意」


 今までは、トラブルに巻き込まれるように自然とここまできたが、今後は自発的にトラブルを起こしていこうと思う。幸い、自他ともに認める暴れるのが得意なワガママ部下が残ってくれる。それに優秀なエルフもいる。


 本気を出せばそこらじゅうの奴らを蹂躙できるだろう。


「ラニアー! かむばーっく!」


 城中に響くように、少量の魔力を使用して俺の美声を拡散していく。すると、パタン。とドアが開けられる。


「問題は万事解決。というわけですね。微笑ましい光景でほのぼのしますね」

「そんなことよりワタシに付着する魔王を剥がして」


 サラに言われるがままに、力一杯引き剥がすラニアは、勢い余って自分の胸に俺を迎える。


「痛い」

「それは引っ張ったからでしょうか? それともサラさんにあるものが私にはないせいでしょうか? 返答によっては……」


 強引に押し付けられるようにキリキリと頭部に力を感じるから、微かになら感じられるはずの胸の感触に意識を集中させる。


「引っ張られたからというか……古傷が傷んだっていうか……」

「それは大変ですね、安静にしてくださいね」


 俺をソファーに座らせるラニアも隣に座り、反対側にサラも座る。

 右手側に竜人、左手側にはエルフ。そんな二人に挟まれる人間と魔人のクウォーター。今この空間に、四つの種族が集合していると言っても過言ではない。


「勇者が乗り込んできて少しわちゃわちゃしたけど、ラニア。改めて、ようこそワールドピースへ」

「アットホームな職場でほんと微笑ましいです」


 新人を明るく迎えるために、ニカっと笑顔を浮かべる。サラも同じ思考だったらしく、ラニアの前には、不器用なニヤケ面が二つ並んだ。


   

 ***


   

 業者と契約して二日、格安で何度目の修繕になっただろうか。ついさっきも修繕が完了し、早々にサラが壁に穴を開けた。


「そろそろサラの激進に耐えうる壁にすべきだな」

「ここ数日でなんとなく予想はできてますが……毎度こんな感じなんですか?」

「壁、調理道具は頻繁に壊れてるぞ」

「有り余るパワーですね。困りますよね、大きい力って」


 広間のすみでしょんぼりするサラに優しく話しかけるラニアは、机に置かれたリンゴをまるでトマトを握るように易々と握り潰した。リンゴって硬いよな?


「ラニアも力の制御できないの?」

「今はある程度できますけど。私はエルフ族の恥晒しと言われるほどの怪力ですからね、昔はとても苦労したんですよ」


 リンゴはどんなに力を込めても潰れる気配がない。


「サラも力加減覚えたら、物壊して自己嫌悪する必要無くなるな」

「別に自己嫌悪してない、自分大好き。城の雰囲気ジメジメしてて嫌だからリフォームしてるだけだし」


 そう言いながらもラニアにグイッとよって懇願するように足元にしがみつく。


「ラニアお願い、制御の仕方教えて」

「いいですよ」


 どうやらサラは本格的に力を制御するつもりらしい。別にする必要ないと思うんだけどな。最初は制御できた方がいいと思ったけど、破壊行動のないワールドピースはワールドピースと呼べるのだろうか。


「無理しすぎるなよ」


 早速と言って二人は力の制御を覚えるために外へ出て特訓するらしい。


「にしてもジメジメした雰囲気か。確かに、魔王っぽくはあるが明るい気分にはならないんだよな」


 サラに言われた言葉を考える。確かに年頃の女性からしたら無理もない話だろう。それに今はラニアもいる。オシャレなエルフからしたら、ここは少し薄暗く居心地が悪いかもしれない。


「やるか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る