EP15
《アイク視点》
「僕を前に背を向けて固まるとはいい度胸だ、死ねぇ!」
背後に殺気を感じる。
サラを見送ったら、どうやら俺も精神世界から突き返されたらしい。今の状況的に俺は背後を勇者に取られている。剣で命を狙われているのだろう。
だが、取り乱す状況じゃない。俺が意識をしっかり持っているんだ、当然先に戻ったはずのサラも意識を取り戻しているだろう。
「アイクを殺したいなら、まずはこのワタシを仕留める必要がある」
「――な! なぜ動ける! トラウマに縛られていたはずだ!」
剣先が俺に刺さる前に、サラの拳がクズ勇者の画面面にめり込む。鼻から出る血を抑えるように手で顔を覆うクズ勇者は、動揺を隠そうともせずに騒ぎ立てる。
「もうトラウマ無くなった。お前もういらない、死にたくなかったら今すぐ失せて」
「ふざけるなよ道具の分際で! 僕の下に戻ってこないのならそのしょぼい男共々くたばれ!」
剣を握り、サラへと追突する勢いで走り込むと、そのまま剣を振り下ろした。
「二度とそのツラ見せないで」
「がっ……!」
振り下ろされた剣はサラの尻尾で砕かれ、勇者自体は深く叩き込まれた掌底で気を失う。鎧まで砕かれる威力の掌底を食らってもなお、かろうじて息のあるこいつは、やはり勇者なんだな。俺なら死んでる。
「とりあえず処理優先だな。こいつ邪魔だし、部屋大破してるし」
虫の息の勇者を引き摺りながら、外に出ようと大破した扉を跨いだとき、可憐なエルフと鉢合わせた。
「戻りました。これ、エルフの里でしか取れない果実で作ったジャムです。里のみんながよろしくお願いしますと――どういう状況ですか!?」
「ようラニア、俺はゴミの処理してくるからサラに部屋まで案内してもらって」
「はい……じゃなくて! この惨状大丈夫なんですか?」
「魔王やってたらこんなことよくあるよくある。うちは初めてだけど」
部屋の惨状は業者になんとかしてもらうとして、今後また破壊者が現れたときの対策はいるな。
勇者が派手に壊したドアといい、それの余波で部屋中が乱れている。そもそも侵入できないように門に工夫をすべきだな。
「んじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
行先はまず店主のところだな。
ズルズルと引き摺るたびに、鎧がカシャンと音を鳴らしてうるさい。これを店主のところまで運ぶなんてしんどいな。
「鎧が特にうるさいし重いんだよなぁ」
――魔界の行きつけの市場、行きつけの店主の店。勇者の足を紐で縛り、そのまま紐を引っ張ってここまでやってきた。周りの視線は痛かったが、別に非人道的な行為をしているわけではない。先に喧嘩を売ってきたのはこいつなんだから。
「店主、いるか?」
「旦那、だから外に出るのは危険……」
シャッターの向こう側の店主に大声で話しかけると、言葉を発しながらシャッターを開けてくれる。そんな店主は、俺が握る紐の先に結ばれた人間に驚愕する。
「まさか、勇者……なんて言いやせんよね……?」
「そのまさか。目撃者に伝えてやってくれ、勇者の危機はもうねぇよってな」
「大したお人でさぁ」
「倒したのはうちのサラだ。俺はなんもしてねぇよ」
感心する店主に玉座を注文してから、少しだけ店主と話をする。クズ勇者が目を覚ますまでに業者に引き渡したいが、しばらくは目を覚さないだろう。
「ところで旦那、なんでその勇者は半裸なんで?」
「鎧が重かったから脱がせた」
「喧嘩売る相手を間違えて哀れでさぁ。商売人には向いてやせんね、この勇者」
惨めに剥かれた勇者に哀れみの視線を送って同情する店主だが、トドメを刺すように戦力外通告を投げた。
「サラは最強だからな」
「旦那も十分でさぁ」
お茶とお茶菓子でティーブレイクしながら、まったりとした時間を過ごしている。だがそろそろ勇者の意識が戻りかけるかもしれない。
実家のような安心感のある空間でもう少しまったりしたいが、今回はここらでお暇しよう。
「そろそろ行くわ。玉座よろしく」
「旦那にふさわしい玉座をアッシが仕上げてみせやす。とびきりのを作りやすんで、楽しみにしててくだせぇ」
「おう、期待しまくってる」
どんな玉座が仕上がるか楽しみだ。もう二度と店主以外から大きい買い物はしない。そう誓いながら足を進めていく。他の店のやつらも、店主の販売魂を見習うべきだ。
魔界の商売人は、人間界の商売人に比べてやる気がなく、レベルが低い。これは由々しき事態すぎる。
どうしたら魔界の商業レベルを高めれるか思案していたら、あっという間に業者がいる建物へ辿り着いていた。
「すみません、勇者の処理と城の修繕お願いします」
「はーい承知しました、勇者ですね――勇者!?」
疲れ気味の中年男性が空元気で接客してくれる業者の人は、目が飛び出るレベルで驚いている。
「お、お客様が勇者を討伐したんですか?」
「俺というか、うちの部下が」
「軍のお名前は?」
「ワールドピース」
名前を聞くやいなや業者の人は建物の奥へと消えていき、数分後に俺も奥へと誘われた。掃除などを請け負ってくれる業者の本拠地とは思えないほど散らかったその場所では、多くの魔人が疲弊しきって心配になるレベル。
「この度はどうもありがとうございました! いやぁ勇者を討伐していただけて助かりましたよ〜」
「は、はぁ」
「実は勇者の首に金貨がかけられてましてね。こちら報酬でございます〜」
そう言って、ドドンと置かれた金貨袋。それは俺が使っているものよりも大きく、一袋で金貨五百枚は入るだろう。
そんな大袋が今俺の前に、報酬として五つも置かれている。新手の詐欺か?
「勇者は魔界を滅ぼせる危険な存在、そんな危険を淘汰できるもっとも魔王に近い魔人には当然の報酬ですので、とうぞ遠慮なさらず〜」
修繕も無償で請け負ってくれると言うし、何か企んでるなこいつ。
「それでその〜。一つお願いがあるのですが……」
おずおずと言葉を紡いでいく業者の人。やはりな。
「うちをワールドピースさん御用達にしていただけませんか? 勇者を倒した噂は瞬く間に広がるでしょう、そんな方が利用してくれるうちの注目度も必然的にあがる。つまり、稼げる!」
「あけすけ」
「あ、失礼いたしました」
提案された内容は、これからの利用料は定価の二割でいいから、うち以外の業者で処理と修繕をするなということ。今後うちを荒らしにくるやつがいないとは言い切れないし、サラがまだ力加減できないから業者には世話になる。となると、この提案はうちに損はないな。
「まぁいい、その提案乗った。俺他の業者しらねぇし」
「ありがとうございます〜」
書面で契約すべく書類をを渡されたが、一応持ち帰ってうちのエルフの初仕事にする。
「では、書面にサイン頂きますよう、お願いします〜」
重い金貨袋五個と書類を持って、業者の車で城まで送ってもらうことになった俺は、少しビップになった気分。
瀕死の勇者がどうなるかは聞かなかったが、ここは魔界。おそらく無事に帰れることは無いだろうな。すでに瀕死だし。
「アイクさんはどうして魔王になろうと思ったんですか?」
「深い理由なんてねぇけど、強いて言うなら血筋かなぁ」
理由なんてのは色々ある。カッコいいからだったり、モテそうだったり、そんな単純なものだってあるから数え出したらキリがない。それにこれからだって理由は増え続けると思う。
夢ってのは、叶えるゴールであって、理由をつけて綺麗事にするもんでもない。
ってじいちゃんに教えられた。
「大胆な血が流れてるんですね」
「まぁね」
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