EP14
ワタシはなぜ動けない? こんなクズになにされたって、今は充実している。クズに騙せれても、アイクに出会えたワタシの人生はラッキーだ。なのに動けない、アイクに「ワタシがやる」の一言が伝えれない。
「無駄だ! もうその肉壁の心を粉々に砕けている!」
「黙ってろカス」
ワタシを正気に戻そうと語りかけるアイクを妨害するかの如く声を荒げるクズ勇者は、自慢の顔をぐちゃぐちゃにしながら剣を大きく振り上げる。
取り乱したせいでいつもの倍以上単調な動き。それに、自身の爪の甘さが招く隙に気付いていない。
その隙を見逃すことのなかったアイクは、脇腹に、手頃なドライバーを深く突き刺した。
玉座を組み立てるために床に放置していたドライバーがこんなところで活きるなんて。防御力の高そうな鎧でも、側面は案外作りが甘いらしい。
「がぁぁぁぁぁ! き、貴様……勇者であるこの僕に! 良くも!」
「正気か? 敵地に乗り込んだくせに甘えたこと言ってんじゃねぇよ」
刺されたドライバーを勢いよく抜いてから脇腹を抑えてうずくまっているクズ勇者。しばらくの間は立ち上がって反撃する様子はない。
今のうちになんとか正気に戻りたい。
「おいサラ! 戻ってこい、お前の因縁だろ! 俺が仕留めたらお前一生囚われたままだぞ、それ以上辛いことがあるか!?」
「アイク……」
アイクの声が鋭利にワタシの鼓膜を抜けていく。
あるわけない、一生囚われるより辛いことなんてあるわけない。だからワタシは、こんなところで呆然と立ち尽くして終わるわけにはいかないんだ!
「そうだ、目を覚ませ。お前はあんなカスに利用されて心が折れるようなヤワなやつじゃねぇだろうが」
あの石のせい? 心はすでに闘志がたぎっている。なのにまだ体が動いてくれない……まるで心と体が切り離されているような感覚。どうしたら動けるんだろう……。
「もう少し素性は隠しときたかったんだけどな……」
ため息を一つこぼすアイクは、普段生気を感じさせない目を開きワタシに言葉をぶつけた。
「サラ、俺の目を見ろ!」
強く言うアイクの目は、右目だけ赤く発色し、惹きつけるようにワタシの目を覗き込む。そしてその目はワタシの精神に干渉するよう。
どうなってるの……?
「――サラ! 見つけた」
なにもなく、白一色が広がるワタシの精神の世界。おそらくそんな空間。明言はできないけど、なんとなくそう思う。
床や壁すらないここで平然と立てるワタシに、どこからともなくやってきたアイクが疲弊した様子で駆け寄ってくる。
「アイクどうして」
「どうしてもなにもないだろ。肉体と精神を分離してる魔術を切りに来た。別にお前の為じゃないからな」
そう言うアイクだけど、表情からはとてもそうは思えない。必死に探したんだろうし、見つけて安心してくれたのが分かる。
「はやくクズ勇者追っ払ってくれよ。邪魔で仕方ないんだ」
「でも、体動かないんだけど」
「そこは任せとけよ。わざわざ魔力解放したし、魔眼まで使って精神に介入してんだ」
今のアイクは、いつもと違って頼り甲斐がある感じがする。なんだろうこの安心感、今のアイクは正真正銘、魔王って断言できると思う。
「アイク、何者なの?」
「人間……ってのはもう通じねぇわな」
なにかを考えるように首を傾げるアイクは、悟りきった顔で言う。
「俺の中には四分の一だけ魔人の血が流れてる。大した量じゃないんだが、質がどうやら他の連中と格が違うんだよ。祖父は偉大ってやつだ」
「つまり、人間と魔人のクォーター?」
「そうなるな。まぁ生粋の人間って訳じゃないけど、ほぼ人間だ。今後も俺のことは人間として扱ってくれよ? いろいろややこしいから」
だから、なのかな。人間を憎んだワタシが、自然と素を見せれるようになったのは、アイクに魔人の血が流れていたから?
いいやきっと違うかな、アイクだからワタシは救われた。きっと生粋の人間でもアイクは、ワタシを救ってくれたと思う。
「アイクも苦労してたんだね」
「そうだぞ、人間と魔人。両方俺の大切な種族だからな。あまり争ってほしくねぇんだ。感情バグるぞ」
アイクは人間と魔人としての重責を背負いながら、魔人と竜の血が流れるワタシを救った。それはどこか運命めいていて、少しすごいと思った。
「さ、話はここまでにして一気にカタをつけるぞ」
「うん」
アイクの右目にメラメラと炎が燃え盛るようにオーラが宿り、魔力が高まっていく。それに比例するように、アイクは苦しそうな表情で立つことさえままならない。
「アイク!?」
「さすが竜人の精神世界。俺の魔眼をもってしても、相当の魔力を使わねぇといけなかったわ」
「体が動く、気がする」
「完全に密閉されたこの精神世界に、お前の体へと繋がる入り口をこじ開けた。いつでも戻れる」
まさかそれをするためだけに、隠していた魔人とのクォーターということを明かして精神に介入してきたの?
「どうしてそこまで……危険だったんじゃ」
「魔王は部下の命を預かって、危険に晒す仕事だ。そんな部下が困ってるなら、命張って危険に飛び込むのは当然だろ」
当たり前のように、今まで当たり前じゃなかったことを言って、やってのけるアイク。この魔王に付いていけば、今までのワタシの人生が報われる、そう天啓がシャウトする。
「アイクなら、この世界を統べて、いろんな種族の人が笑い合う世界を作れそう」
「当たり前だろ、そのために魔王になったんだから」
今初めて、アイクの夢の果てを聞いたかも知れない。今まで知らなかったことを、こんな状況でしれっと明かしてくるのは少しどうかと思うけど、このスタイルがアイクって納得できるだけ、ワタシは染まってしまったのかもしれない。
「今度詳しい話聞かせてよ。クォーターとか、魔王になった理由とか」
「気が向いたらな」
絶対話す気がないんだろうな。イタズラに笑うアイクに見送られて、ワタシはこじ開けられた入口めがけて駆けた。
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