EP11
「えっと……少し、無礼を許してくださいね」
風の音だけが響く静寂の瞬間を切り裂くように、ラニアがボクっ子へと歩く。少し嫌な予感がする。
ラニアは指をクネクネと動かして、下から掬い上げるようにボクっ子の下半身に移動させ――
「――ひゃん!?」
やりやがった……。
「付いてますね」
「エルフってみんなこんなんじゃないよな?」
「事実確認には直接触るのが効率的。ラニアがやってなかったらワタシがやってた」
良かったな、ラニアの行動が早くて。サラがあんなことしたら間違いなく息子と死別することになるだろう。それにしても、ラニアは案外怖いものなしなのかも知れない。
エルフは高貴で潔癖のようなイメージがあったが、実際は違うらしい。遠慮なく男の股間を掴むエルフが潔癖なわけがないし、当然高貴さをカケラも感じない。
「……男らしくなったら必ず俺のとこ来てくれ、うん」
俺はラニアのやらかしを水に流すように話をまとめに入る。あ、その前に聞いとくべきことがあった。
「ラニアが要注意人物にされてた理由ってなんだったんだ?」
「そうですよ! 納得いかないです!」
俺の言葉に激しく同情するラニア。本人が一番知りたいだろうな。
「一度派遣先の魔王軍を壊滅させたことがありますよね」
「ええ、ありますよ」
笑顔で怖い事実を肯定している。
「実はあの魔王、社長の親戚の方でして……」
「私怨じゃないですか!」
確かに私怨だろうが、魔王軍を壊滅させたらそれは十分警戒されるし要注意人物なのでは? 流石に庇えないぞ。
「なぁ、壊滅させた理由は?」
「仲の良い同僚が重度のパワハラとセクハラで自ら命を絶ちました。それだけでは反旗を翻す理由にはなりませんか?」
真剣な表情は、ラニアの抱えていた問題の重さを雄弁に物語っている。俺には計り知れないが、かなり大きな問題だったことだけはひしひしと伝わった。
「十分な理由だ。悪かった、軽い気持ちで聞いて」
「別に良いですよ。だってあなたは私の恩人ですもの。それに、どんな過去でも受け入れてくれる安心感があります」
恥ずかしそうにはにかむラニアは、「初対面なのに不思議ですね」なんて言って少し重い空気を和らげてくれる。
「アイクさん、ボクはもう行きますね」
「ああ、職場にいられなくさせてごめんな。男らしくなってなくても、困った時はいつでも頼ってくれ」
「ありがとうざいます! そう言っていただけるだけで心強いです!」
そう言って立ち去るボクっ子を見送り、俺たちも城へ戻ることにした。
「店燃やしとかなくていい?」
「どんだけ燃やしたいんだよ、ダメだ。燃え広がったら関係ないところまで巻き込まれる」
「そっか、それもそうだね」
城への道中で、エルフの里へ寄ると言って分かれたラニアが今後使う部屋を用意すべく、俺たちは引っ越しの手続きを店主に頼んでから城へと舞い戻った。
「やっぱりあの社長だけでも燃やせば良かった」
「まだ言ってんのか……。いいかサラ、世の中には手を出したら負けって場合もあるんだ。それが今回だ」
「分かってる、こっちの命を取ろうとしてるやつ以外には手出ししちゃダメってことくらい」
かつて勇者パーティーとして行動していただけあって、流石に戦いと暴力の違いの理解が早い。あんなクソみたいなやつがリーダーのところのパーティーでもそこの線引きはちゃんとしていたのだろう。
「他人を無碍に、道具同等の扱いをしていることが気に食わなかったんだろ? その気持ちは分かってる、でももうラニアは仲間になったし万事解決だ。なでなでしてやるからもう忘れろ」
不服そうに頬を膨らませるサラの尻尾を撫でながら、幼い娘がいたらこんな気分なのかな、なんて想像しながらなんだかほっこりした気分になる。こんな破壊力抜群で過激思考の娘は苦労しそうで少し辛くなるけど。
「子供扱い感覚でエッチなことしてこないでよ……」
宥めるようにサラの尻尾を撫でつつ、俺はこのゴツゴツとして尻尾の手触りに病みつきになっていた。
「俺にあるのは性的快感じゃなくてセラピー的なそれだからエッチな実感がないんだよなぁ」
これはぜひ広めたい、竜人の尻尾セラピー。
優しく撫でるだけで心が浄化されるような幸せな気持ちになれる。まぁ竜人にとってはエッチなことらしいから流行ることはないだろうな、そもそも竜人自体が多数いないし。
エッチだなんだと言いながらでもサラが触らせてくれるから俺は満足だ。普段よくバカにされるが、こんなことをしても許容してくれるサラの中では、俺の好感度はかなり高いのではないだろうか。
「気持ちよく撫でるのほんと腹立つ……」
「なんか言ったか?」
「別に」
ソファーで隣り合って座る俺に顔を埋めてボソッと言うサラの言葉は聞き取れなかったが、きっと状況的にデレたんだろう。耳まで赤く染まってる。
「あ、そういえばさ。竜人も、竜人の里とかあるのか?」
「種族の集落はあった。もう無いけど」
自分の種族の集落へと、仕事が変わったことを伝えに行った律儀なラニアの行動で俺は少し集落について気になっていた。
人間界や魔界のような世界がもう一つ広がっているのか、それとも一つの街に種族が集まるところを集落と呼んでいるのか。
そして、その集落はどの種族でもあるものなのか。変な好奇心が俺にデリカシーのない質問をさせてしまった。
「ごめん、今日デリカシー家出してるわ」
「別にいい、ワタシが幼いときに無くなってるし」
やはり種族が少なくなったからだろうか? さすがにこれ以上聞くのはいくら俺でも出来ない。またデリカシーが家出した別日に改めよう。
「エルフの里って俺たち行けるかな」
「間違いなく無理。エルフは竜人より警戒心が強い。ラニアが例外的に警戒心がない」
「規格外のワガママ竜人に、例外警戒心のエルフ。俺の元には数値を超越した人材しか集まらない呪いでもかかってんのか?」
「人間なのに魔王目指すなんて想定外の思考してるアイクに言われたくない」
どうやら俺たちの向かう先は人類を超越した軍団なのかも知れない。向かう所敵なしなのでは?
「ちょっと他の城落としに行くか」
「急に?」
善は急げ。発言は悪そのものだが、魔界では侵略こそが正義だろう。ちょうど近辺に小さな城がある。
じいちゃんが引退した直後にひっそりと建てられた城らしい。この城のテリトリーに干渉するかしないかの瀬戸際をついた姑息な魔王だ、潰してもなんの罪悪感もない。
「ちっさい城あるだろ? あそこ壊して魔王っぽくテリトリーを広げるんだ」
「思いついたように仕事の話するのやめて、びっくりする」
ふと思いついたんだから仕方がない。
広間の窓から視認できる距離の城をどう落とすか、選択肢は二つ。
「正面から武力行使して潰すか、客として訪れて脅して撤退させるか。サラはどっちがいい?」
「潰す方が手っ取り早くていい」
「言うと思った、行くぞ」
鎧や剣などを装備しないたった二人の敵対勢力に、相手はどう動くだろうか。数の暴力で叩きにくるか? それとも俺たちをみくびって魔王が単体で相手してくれるか?
どっちにしろ、サラがいれば負ける気がしない。
どう攻め落とすかを考えながら歩けば、あっという間に城の前へ着く。
陳腐な造りの城を一撃、サラが軽く蹴ってみる。
「あ」
そのあっけないサラの一言と共に、城の下層から徐々に大きな音を立てて崩れていく。
砂煙が舞い、その中から瀕死の状態で魔人が数人がヨロヨロと這い出てくる。
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