EP10

「で、実際どうする? もし鎧イケメンがサラの居場所を突き止めたとしたら厄介だぞ」


 当然エンカウントすれば叩きのめす一択だが、もしここに人間の大群を連れてくるなんて事態になれば、魔界では大きな混乱になり、店主や他の商売人や普通に暮らしている魔人たちの命が危険にさらされる。それだけは避けたい。


「突き止めたとしてもアイツはきっと一人でくる。力を過信してるし、ワタシは他の冒険者に顔がバレてる。死んだと知らされてるだろうから、ややこしくなって疑念を抱かれるようなことはしないと思う。評判を常に意識してるから」

「なるほどな、盾にして死んだはずの元仲間を人間総出で魔王から奪還なんて普通しないわな。秘密裏に俺からサラを奪って人間には、死んだはずが生きてて遭遇したって感じで言い訳するほうが筋は通ってる」


 まぁ魔王に一人で挑むほど愚かなやつじゃないだろうな。名はまだ轟いていないが、仮にも魔王。威厳と畏怖は兼ね備えているつもりだ。


「もしかしたらワタシのせいで迷惑かけるかも、ごめん……」

「気にすんなって、サラのおかげで魔王っぽいことできるかもなんだから」


 勇者が来れば俺は玉座に座りこう言うんだ、「待ち侘びたぞ勇者、全力でかかって来い。叩き潰してくれるわ!」と。きっと勇者は気圧され逃げ出し、サラは俺をさらに敬うだろう。

 俺の威厳ある姿を妄想してニヨニヨしていると、横でサラが不思議そうに見ている。


「アイクは魔王っぽいことは出来ないと思う」

「余裕で出来るわ!」


 ちょっとやってみなよ、なんて言うサラのリクエストに応え、俺はソファーにどっしりと構えて言葉を放つ。


「待ち侘びたぞゆうし――っ! いった、舌噛んだ!」

「ほら出来ない」


 ……。

 人には向き不向きがある、俺は練習が不向きで、本番が向いてる。つまり実際言うときは噛まない。俺はそう言う人間だ。


「サラ明日一緒に派遣所来るか?」

「あ、話題逸らした」


   

 ***


   

 俺に練習が不向きと理解した日の翌日。


「アイクさんの運営する城、ワールドピースの方針に合いそうな方は、この五名ですね」

「どの人も優秀。アイクより」

「ほんとだな、っておい。魔王より優秀な部下が二人目とか俺の立場ねぇだろ」


 優秀過ぎる人材にはきっと苦労させられる。一つぐらい欠点のある人材はいないものだろうか。


「この人は? なんか仰々しい感じなんだけど」

「あ、すみません! その方はオススメしません!」


 人材の情報が記載された紙に、あからさまに赤字で書かれた【要注意人物】の注意書き。経歴も、顔写真も申し分ないどころか、優秀に分類されるだろう色白のエルフ。


「決めた、俺この美人お姉さんを引き入れる」

「言うと思った」

「え!? この方は危険ですよ?」


 派遣所のお姉さんは必死に止める。なにか理由があるんだろうか? こうも反対されるとなんとしても仲間に入れたくなるな。


「この人、実は今うちから除名手続き中なんです。手元に資料があるのはこちら側のミスです、申し訳ございません」

「それ、俺が迎え入れたら免除とかになりませんか?」

「ならないです。もう手続きは終盤で、本日宣告予定です」


 流石にもう諦めるしかないか……。理由は知らないが、見捨てられる人物を俺は放置できないらしい。なんとかならないだろうか。


「アイク、奥」

「ん?」


 楽しそうに笑みを浮かべながら俺たちが座る席よりも奥の席に視線を送るサラは、俺にも視線を送るように促してくる。


 そして視線の先には、見たことのある顔の人物が項垂れるように落ち込んでいた。その人物は、聖職者シスターのような佇まいの長い服を着ていて、ウィンプルを被って神秘さを放っていた。相当落ち込んだ様子だけど。


「あの人、この写真の人だよな?」

「うん、様子からして今宣告されてる」

「よしきた」


 仲間に引き入れろ、そんな天啓が聞こえた気がする。


「そんな……私はこれからどうすればいいと言うのでしょう? それになぜ要注意人物にされているか教えていただきたいです」

「先ほども申し上げましたが、その件につきましてはお答えできかねます。それに、あなたの人生ですので私どもの方からこれからはどうするべきなどもお伝えできかねます」


 厄介払いをするようにめんどそうな顔を浮かべて対応する職員に少し嫌悪感を覚える。本人も知らない理由とかおかしいだろ。本人には言えよ。


 なんど本人が聞いても答える素振りすら見せない職員に痺れを切らし、サラが火を吹くモーションに入る。流石に放火はやめろ。


「理由くらい教えてあげてもいいんじゃね? あまりにも理不尽でしょ。ついでに俺にも教えてください」

「部外者は黙っててください。業務妨害ですよ?」


 こうなれば俺が加勢するしかない。エルフのお姉さん一人じゃ押し切られそうだし、サラが加勢すれば間違いなく死人が出る。


「俺はその人が欲しいんですよ。でも拒否された、詳しい理由などもなく。手違いとはいえど一度提示されたにもかかわらず。こんなお粗末なやり方でよくもまぁぬけぬけと業務とか偉そうにいえたもんすね」


 高圧的な職員につい俺もムカっとするが、冷静に大人の対応を見せる。コツは軽く煽ることだ。


「うちはこいつのような出来損ないに仕事を紹介し、お前のようなクズに人を提供してやってるんだ! 黙ってこちらの言うことだけを聞いていればいい!」


 散々な言われようだ。こいつほんとにここの職員か? 人が割といる中でそんなこと言ったら反省文で済まないだろ。


「しゃ、社長! お客様の前ですよ!?」

「うるさいぞ! 新入りは黙ってろ!」


 いやお前社長かい。もうここ使うやついねぇだろ。


「アイク、燃やしていいよね」

「まぁ待て、もうすぐでエンドだ」


 この激情型の社長はきっと次に言う。出ていけってな。


「もううちではお前らに仕事はしない! 逆らうやつは出ていけ!」

「な? 言ったろ。エンドだ」


 出ていけと言われたのなら、出て行くしかない。なにより社長の命令だからな。


「書類は返してもらいますよ」


 言って、机に広げられた書類を持ってから、呆然と立ち尽くすエルフお姉さんの腕を引く。


「命拾いした、アイクがいなきゃ燃やしてた」


 社長を睨みつけるサラは、社長に意見して怒られていた職員の腕を引いて俺の後ろをついてきた。なるほど、この人も仲間に入れろってことね。


「え、ボクも!?」


 突如引っ張られたことに驚きを隠せず、派遣所の職員は声を上げる。ボクっ子かぁ、初めて見た。


「ゆ、誘拐だ!」

「馬鹿か、逆らうやつは出ていけって言ったからだろ。エルフのお姉さんは宣告されても諦めずに理由を聞こうと逆らった、職員さんは暴走するお前を止めようと逆らった。ほら、二人とも逆らってんだろ」


 合法的に二人もゲット出来てしまった。ワールドピースに入るかは二人が決めることだが、きっと入ってくれるだろう。行くとこないだろうし。


「あの、あなた方は一体誰なんですか?」

「人材を欲する魔王だ」

「無能な上司を持つ部下」


 誰が無能だ。


「エルフのお姉さん、行くとこないならうちで働いてくれねぇか? 魔王軍ワールドピースで」

「いいんですか? 私、要注意人物らしいですよ」

「大丈夫。すでに要注意じゃ済まないレベルのやついるし。な、サラ」

「燃やそうか?」


 明らかに要注意の範疇を超えたうちの竜人を見るも、燃やされそうになって目を逸らした。


「もし本当に誘ってくださっているのでしたら、是非働かせてください!」

「よっしゃ! ラニア・ピスケルさんだっけ? これからよろしく」


 ワールドピース、部下一名確保。


「で、ボクっ子職員さんはどうする?」

「ボクは……堂々と振る舞えるアイクさんに釣り合えないです」


 一度声を出そうとしたものの、踏みとどまるように別の言葉を出したように感じる。釣り合いなんて取れなくていいし、俺の方が釣り合ってない気がする。

 もしかして無能の下には付きたくない的なアレか?


「ボクはまだ堂々とできないので……いつか! いつかボクが堂々と男らしく振る舞えるようになった時に、仲間に入れてもらえないですか!?」

「……?」


 男らしく? 勇気を振り絞って言葉を出したことは理解できる。だが、どうしても”男らしく”に引っかかってしまう。

 それはサラもラニアも一緒らしい。ボクっ子を囲むように立つ俺たち三人はお互い顔を見合わせて固まる。

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