EP9
フードを被る俺を訝しむ店員は、少し動揺した様子でチーズグラタンを置いて去る。
「うまそ」
サラを探りに出たあの女どもの動向が気なるところだが、今は目の前に出されたグラタンを食べることのほうが大事だ。それにこいつらが何をしても、もう敵として認識したやつに負けるほどサラは弱くない。
「サラ……お前は必ず死ぬまで僕が利用してやる!」
正気かこいつ、スプーン投げとこ。
「っ!? なんのつもりだい?」
「すんません、酔ったらイケメンに無機物を投げつける持病なんです」
「そうか、僕は今機嫌がいい。普段なら制裁を加えるが、見逃してあげるよ」
そう言って鎧イケメンは、ジャラジャラと金貨を机に置いて退店する。よほど機嫌がいいのだろう、ここにいる全員分の支払いをしても余りある金貨多いて行ったらしい。予期せずサラの因縁の相手に奢られてしまった。
「今度あったらお礼言お」
***
「ショートケーキと、チーズケーキと、チョコケーキと、あと……マフィンとマドレーヌもください」
「甘いものお好きなんですね」
「知り合いがね」
小さな洋菓子店のショーケースに並ぶケーキと焼き菓子を箱へ移す店員さんは、洋菓子を買い込む俺に眩しいほどの笑顔で話しかける。
「そうなんですね! 当店を選んでいただけて嬉しいです! 味に自信はあるんですけどどうしても人気がイマイチで」
「立地の問題じゃないですか?」
「そうかもなんですよね」
この洋菓子店は、街の端の方に位置していて、人通りは決して多いとは言えない。だから客足が伸びないのだろう。
「今度出張販売とかしてみたらどうですか? いい匂いですし、人通りのあるところなら確実に売れるんじゃないすかね」
「天才ですね! やってみます!」
店員さんはやる気になったらしい。俺はこの店を救うヒーローになってしまったかもしれない。
「お持ち帰りの時間どれくらいですか?」
「三十分くらいです」
保冷剤を時間に見合った個数入れてくれる店員さんは、「お兄さん、また来て助言くださいね!」なんて言って屈託のない笑顔で接客してくれる。この接客したらリピーター続出させれるだろ、まぶし。
店員さんの眩い接客にたじろぎながらも、俺は魔界に繋がるゲートを潜って魔界の市場を経由して城に戻る道を歩く。
その道中にある店主の店に顔を出して、五つの洋菓子を店主に渡す。
「ケーキと焼き菓子買ってきた」
「こんなにですかい? いくらでした?」
「金はいいよ、世話になってるし」
金貨袋を出して洋菓子代を払おうとする店主を俺はスマートに止める。これが紳士な対応だ。というかこれくらいは当たり前だと思う。マジで世話になってるし。
「ありがとうございやす。せっかくですし、一緒に食べやすか?」
「いや、城でサラが待ってると思うから今日はもう行くわ」
「了解でさぁ。いい土産をありがとう旦那」
言って、嬉しそうにどれから食べようかとワクワクしていた。まるでおもちゃを前にした少年のようだった。
「――サラ、派遣所で手続きしてきたぞ」
「ずいぶん遅かった」
「ま、まぁ色々と?」
ジト目でそう言うサラは、遅くなった理由を話せと言わんばかりに凝視してくる。けど人間界行ってたなんて軽く言えないよな。
「人間界楽しかった? お土産は?」
「ケーキ買った、全部店主に渡してきたけど……って、え? 尾行してた?」
「してない。配達してくれた店主から聞いた」
広間のソファーでくつろぐ俺だが、サラが威圧感を纏って隣に座るから少し警戒する。
「ワタシのケーキは?」
「ない」
「なんで」
「だって人間嫌いじゃん」
「人間と人間が作ったものは別物なんじゃなかった? どこかの人間にそう口説かれて今のワタシがあるんだけど?」
そういえばどっかの誰かがそんなことを言ったと、風の噂で聞いた気がする。
「ワタシが人間嫌いだからって気遣わなくていい、アイクの故郷でしょ。次からはお土産買ってきてね」
「おう、約束する」
サラは俺が思っているよりも速い速度でトラウマを払拭しているのかも知れない。最初はあんなにも嫌っていたのに。そんなサラに、今日元仲間と遭遇したことを話すのは酷だろうか? トラウマの元凶に接触した挙句奢られたなんてなかなか言えない。
「まだ何か隠してない?」
「な、なんのことだか」
ソファーに座りながら尻尾を器用に使って俺の腰を絡める。しっかりとホールドされているにも関わらず、サラの優しさに触れるようなソフトタッチ。
そのままサラの間近に引き寄せられる。威圧感を和らげるために離れて座っていたのに、一瞬でゼロ距離まで接近する。
「話して」
「その前に離して……」
グイッと顔を寄せて囁くように言うサラは、惹きつけるような赤眼で俺の心に触れるかの如くしっかりと目を覗く。あまりの尊顔で真剣な表情をされると、流石に顔面が強すぎて太刀打ちできない。
それに薄着の体も密着することも相まって、俺はこの女には勝てないと本能的に悟った。さすが最強。そんなサラがあの両サイドの女より可愛くないって? あの鎧イケメンやっぱり処すべき。
「いいから話して」
圧をかけられて、思わずヒュッと喉が鳴る。そして本能で負けを認めた俺は命を捨てる覚悟で全てを話すことを決める。あぁ……俺は今から竜人に尻尾で絞め殺されてしまうんだ。割とレアな経験では? あの世で鼻たかだかだわ。
「実はですね、遭遇しましてですね」
「……続けて」
何かを察したのか、サラの俺を縛る尻尾は少し震えているように感じる。
「あいつサラより取り巻きのモブを可愛いって言いやがったんだ、天地がひっくり返ってもダンチでうちのサラの方が可愛いし美人だろ! どうせ性欲の捌け口として置いてるだけの癖に! 許せねぇ、腹立ってきた」
「……なにがなんだかハッキリしないんだけど?」
「おっと、脱線してしまった」
まずは簡潔に伝えることが報告する際の注意点。だが簡潔にしすぎたら変なところを抜粋してしまい、感情が昂ることも稀にある。だがそんなことは気にしない。失敗は誰しもがする。
「あんまり可愛いとか美人とか言わないで」
「あららぁ照れてるのぉ、可愛いわねぇ」
そっぽ向いて表情を隠すが、耳まで真っ赤なことに気付いていないサラに、思わず俺の感情が暴走し、深夜の酒場にいそうなオカマ口調でからかってしまう。当然俺は尻尾により制裁を加えられる。痛い。
「話続けて。勇者にあったんでしょ」
「そうそう、いけ好かないイケメンだった。あんなののどこがいいんだよ、顔は劣るが断然俺のが上だね」
「勇者は人気、一緒にいれば人から怖がられることはなかった。それに魔人の血と竜の血が流れていても必要とされてるのが嬉しかった。顔はどうでもいい」
俺と勇者の優劣については触れず、鎧イケメンのどこがよかったかについてだけ話すサラは、俺に本題を話すように催促した。
「――とまぁ、こんな感じだわ」
「ワタシをまた利用する気なんだ? 返り討ちにしてやる」
「いいぞ、かませかませ」
あいつらが話していた内容、俺がスプーンを投げたこと、飯をご馳走になったことを包み隠さず話して、サラはそれを黙って聞いていた。
今はやり返す気満々で闘志が燃えたぎっているが、トラウマは消えはしない。まだサラの尻尾は軽く震えている。
「でも、俺がいるってことも忘れんなよ。部下の因縁は俺の因縁でもあるからな」
「アイク……」
安心させるべく、俺を捕縛する尻尾を優しく撫でて、百点の笑顔でサラに言葉を投げる。撫でるだけで重量感を感じる尻尾は、鱗でデコボコとした感触で、つい癖になってしまいそうななで心地。何時間でも撫でれそうなほどだ。
「……エッチ。他の女の子には気安く尻尾撫でるなんてしちゃダメだからね」
「他の女の子には尻尾ねぇんだわ」
竜人にとって尻尾を触る行為は破廉恥なセクハラになるらしい。それを聞いてもなお触り続けてみるが、拘束がキツくなる気配はない。心を許してくれていると考えていいのだろうか。
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