EP8
「ま、復讐のしがいある連中ってことは分かった。派手にやったれ」
「うん。でもその前にそろそろアイクは魔王として行動した方がいいと思う」
「……してるって。城の運用の手続きとか、人材派遣探したりとか」
サラに痛いところを突かれてしまった。だが実際最小限だが城のために行動はしている。
「今困ってるのは、軍の名前だ」
「名前なんているの?」
「正式な手続きにはいるらしい。城門に固定してるプレートには俺とサラの名前書いてるけど、本来なら軍の名前書くべきだしな」
人材派遣を契約するには、魔界の行政機関に城を公認される必要があるらしい。そして公認されるには名前がいる。これを聞かされた時、案外魔王は不自由だと悟った。
「名前なににする?」
「魔王なんだから自分で決めなよ」
「でもさぁ、仲間じゃん?」
俺としてはやはり仲間と決めたいんだけどな。ネーミングセンスがなくて誰かの案に便乗したいとかじゃない。
「なんかそれっぽいのでいいから、案一つくらい出して」
「……アイクはなにかないの?」
先に俺の意見を聞いてそれっぽいのを言うつもりか。いいだろう、俺のレベチセンスを披露してやる。
「この腐った理不尽な世界への皮肉を込めたキャッチーな名前、それは……世界平和魔王行進隊!」
「……脚下」
「なぜ!?」
案を出しただけなのに却下されてしまった。こんなにもセンスが光る名前なのに。
「ダサい」
「ならサラが考えてくれよ」
否定するなら見せてもらおう。最強竜人の発想力を。
「めんどくさい……」
「人の意見を否定するならそれ相応の代替案は必要なんじゃねぇか?」
ニヨニヨと笑みを堪えながらサラの意見を待ち望む。さあどんな素晴らしい意見を述べてくれるだろうか。
「……ワールドピース」
「じゃそれで」
「正気!?」
気だるげにこぼす言葉に、俺は即決する。これ以上考えるのがめんどくさかったのもあるけど、ワールドピース。なんだかハートフルなネーミングに感じた。
「決めたからな。今からこれで提出してくる」
「もうちょっと考えない? 後から威厳が足りないとか言われたくないし、自分が出した案採用されるの恥ずかしい」
もう決定事項だ。
「威厳なんて求めてねぇよ、キャッチーな方が親しみやすいだろ」
「アイクがいいならもういいけど……」
少し恥ずかしそうに言うサラの隣で、俺は必要な書類にスラスラと文字を書いていく。これでようやく事務関連の仕事を請け負ってくれる人材を確保できる。
***
「はい。では書類を確認いたしましたので、明日には候補を何名かご紹介出来ると思います」
「長かった……ようやくだ」
「手続き関連は時間かかりますからね、お疲れ様でした」
俺は今日ついに、派遣の人材を契約しに派遣所までやって来ていた。公認されたことを証明する書類の発行に二週間、そもそも公認されるまでに一ヶ月がかかり、予想だにしていなかった長期戦がようやく終わったのだ。
「明日また来ます」
「はい、お待ちしております」
明るく穏やかに振る舞いながら俺を見送る職員だが、手元はとても騒がしく書類を捌いていた。なんだか闇が深そうな職員さんだ。
「さて、戻るか……と言いたいとこだが」
俺には野望があった。それは、サラを拾ってから控えていた行為だ。容易にサラは誘えない、だがたまには味わいたいものだ。人間界の食べ物ってやつを。
人間界に行く前に、店主に会いに行こうと思う。名前も決まったし本格的に魔王として動き始める。きっと店主にも世話になるだろう、雑貨や食事で。
「店主、肉と野菜」
「お買い上げありがとうごぜぇやす」
派遣所から案外近い店主の店で、俺は常連ムーブを醸しながら話しかける。他の客も数人いるが、全員が陳列台の前でブツブツと呟いている。ここの店は割と金額が高い。だから買うのを渋るのだろう。
「今日も城まで運びやしょうか?」
「ああ頼む、これから人間界行くんだ。何かいるか?」
「アッシ、人間界のケーキが気になるんでさぁ。覚えていたら買ってきていただけると嬉しいでさぁ」
「了解、ケーキな」
目元までずれている、頭に巻かれた手拭いを上に押し戻しながら礼を言う店主は、猫背を更に曲げて俺が買った商品を運ぶ準備に取り掛かった。
「じゃ、行ってくるわ」
「お気をつけて」
店を出てどれだけ歩いただろうか、俺は人間界で飲食店を探して彷徨っていた。魔界の料理に見慣れてしまったからか、人間界の食事はどれもインパクトが感じられずそそらない。
「お兄さん、寄ってかないかい?」
「ちょっとだけなら」
どこに入ってもサラの料理に勝てるコックはいないだろう、だからどこでもいい。それほどサラに胃袋を掴まれていた。けど人間界の料理はたまに食べたい。自分でも困惑するほど厄介な性格してる。
「新規一名様ごあんな〜い!」
「いらっしゃいませー!」
俺を捕まえた店員が元気に店内で叫ぶと、接客や料理をする店員たちが共鳴する。だが客のはしゃぐ声には及ばず、すぐに叫び声は消えた。
「こちらの席どうぞ、メニューはこちらになります」
「本日のおすすめで」
「承知しました、少々お待ちくださいませ」
俺が座らされた席の後ろには、鎧をきたイケメンが両手に女を侍らせていることにムカつく以外は、居心地のいい酒場だ。
店をキョロキョロ見渡していたら、店員が先にドリンクを持ってきてくれる。
「――ミーサそれは本当かい?」
「うんうん! ミーサ見たよ! 確実に生きてた!」
「そうか、教えてくれてありがとう。親切な君、とっても素敵だね。愛してるよ」
料理待ちのこの時間。周囲の音が耳に飛び込んでくることは多々あるが、過去一でイライラした。後ろの鎧イケメンが放つ歯の浮くようなセリフで、場の温度が五度ほど下がった気がする。
「キル様、サーシャも見ました! 変な男に助けられてました!」
「そう、サーシャもすごく素敵で可愛らしいね。愛してるよ」
……。
これイライラしてるの俺だけか? イケメンなら女を二人同時に口説いていいのか? イケメンなら公共の場で甘い言葉をはいて頭ポンポンしていいのか? 俺がやれば悲鳴が上がるぞ。別に不細工じゃないけどな。イケメンだけどな。
「にしても、生きてるんだね。それに、他の人間が最強の肉壁を入手した可能性があるんだね……気に食わないな」
不機嫌さを表すように低く放たれた言葉は、俺の耳にもしっかり届き、ある話とリンクする。
「もー、キル様! ミーサ達だけ見ててくださいよ!」
「そうだよ! もうあの女は用済みでしょ? それに絶対サーシャ達の方が可愛いしキル様に尽くすよ?」
「ははは、僕は最初から君たちに夢中さ。あんな力しか脳のない人外なんて抱く気すら起きないさ」
声高く笑う鎧イケメンに黄色い声を浴びせる女二人。流石に隣の席のやつらも癇に障ったらしい。そりゃそうだ、こんなに騒いでたら迷惑だ。
「でも君たちを守るためにあの竜人は肉壁として必要だ。探してくれるかな? サラ・ドラゴを」
「確かに、肉壁ないと危険ですもんね!」
「うん、替えの人間役に立たないから何人も無駄になったもんね」
は? サラ・ドラゴ? それってうち唯一の部下じゃねぇか。薄々勘付いてはいたがこいつら、サラを道具扱いして捨てた勇者パーティーだ。
つうか、さっきなんて言った? このモブみたいな見た目の女二人がうちの部下より可愛いだって? 舐めてんのか? うちの部下は強さ同等、可愛さも最強だろうが。
「ぶっ潰……いや、違うな」
今すぐにでもキレ散らかして、魔王らしく勇者パーティーを蹂躙したい気分だが、その役目は俺じゃなくサラだ。
それに、今はテンションがハイになってる気がして加減ができないかもしれない。あのドリンク、アルコールだったんだな。
「ミーサたち、早急に探しに行くね!」
「ああ、頼んだよ」
鎧イケメンの両サイド女が席を立つ気配を感じて、俺はローブのフードを深く被る。どうやら目撃されてたらしいし、顔を把握されている可能性がある。避けれるリスクは極力避けたい。
「お待たせしましたー。本日のおすすめメニューのチーズグラタンです」
「あざす」
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