EP7
***
サラが逃げ出した騒動から半月が過ぎて、今じゃすっかり。
「おい、物は丁寧に扱いなさい!」
「うるさい、だから何様? さっきみたいにまた修理すればいいじゃん!」
「こいつほんと……!」
廊下の壁を壊した次は、ロビーにあるシューズケースを破壊した。自分の靴を入れようとしたら収まりが悪く引っ掛かり、勢い余ったみたいだ。
「サラ!? もしかして他にも壊してたりするか……?」
「そういえば何か踏んづけた気がする」
自身の行動を思い出すように視線を上に向けるサラは、ハッと思い出したように言葉を放つ。何かを踏んづけた、それは俺の大事な剣だ。物騒なこの魔界で生きるために店主から買ったそこそこいい値段のする長い刀身が特徴的な代物。
「足怪我してねぇか?」
スリッパで素足は隠れているとはいえど、剣を踏めば怪我する可能性はある。そもそも剣を床に放置してた俺が悪いし、部下を危険な目に合わせたなんてトップとして情けない。これに関しては全面的に俺が悪いから、怒れない。
「剣壊してごめん……」
買った日、あまりにも俺がウキウキしていたことを知っているからか、申し訳なくなったのだろう。素直さのかけらもないサラが珍しく眉を下げてしょんぼりとしている。少ししおらしくて愛くるしい。
「今回は俺が悪りぃ。サラが謝ることじゃねぇよ、怪我してないならいいんだ。飯にしようぜ」
「何食べたい?」
「そうだなぁ」
サラが作る料理はどれも美味く、正直どれを食べても頬が落ちそうなレベルだ。だが、毎度のことながら量が非常に多い。
作り手の胃袋が規格外ゆえの閉画だと思っている。おかげで少食の俺も今では割と大食いに片足を突っ込んでいる。一日五食の生活をしているしな。
「今は麺の気分だな」
「了解、サララ魔麺にしよう。ちょうどサララを使いたかったところ」
「料理手伝うわ、いつも一人でさせちまってるからな」
「暇なだけでしょ」
「……モノは言いようってことで」
人を気遣えるできる上司を演じようと思ったが、どうやらサラには通用しないらしい。にしても魔王は暇すぎるんだよな。魔界は殺伐としていて戦いが絶えないと思っていたのに、実際魔王になってみたら争いに全然巻き込まれない。
最後に誰かを倒したのは、ルルンバだった気がする。ただの戦火の中に飛び込むより、人間として生きていた方が争いごとがあるなんて理不尽な世の中だ。
「俺は争いをなくすぞ」
「急になに?」
料理中に色々考えた挙句漏れ出た俺の声に、食材をカットしているサラの肩がビクッと一瞬上がる。
「いやずっと思ってたんだよ。争いがあるからバカな魔王気取りが大量に湧くし、チヤホヤされて気持ち良くなるために魔人を殺す人間が勇者と崇められる。おかしくねぇか?」
魔人だって、店主のように平和に暮らしているやつもいる。そりゃ人間からみたら魔人は悪の象徴で、それを倒す人間は英雄だって思い込むのは無理もない。俺も昔はそうだった。だが現実と向き合えばそうでもない。人間も魔人のように悪いやつもいるんだ。
それもこれも争いがあるからだ。だから俺が全てを制して終わらせる。蔓延る魔人は俺に従わせて、魔人を殺めることに快楽を覚えた偽善者は全て葬る。
「魔王を気取る人間がそんなこと言うんだ」
「気取ってる訳じゃねぇよ、俺は、目的のために肩書きを得ただけだわ」
俺の揚げ足を取るように言葉を放ちながらサラは、水分の多めな見た目の芋をすりおろして、ヌメっとした液状にしている。
小鉢に入れて二分割にすると、満足げにそれを見て笑う。
「それなに?」
「サララ魔麺のメイン、サララだよ」
「ヌメっとしてんのに?」
「うん、ヌメっとしててもサララ」
最初にこれを食べてこう名付けたやつは、きっと悪ふざけが好きなやつだったんだろうな。間違いない。
「薬味の方は用意できた?」
「おう。よくわからん食材は全部粉々にしたし、なにかの卵の白身は黄身と離れ離れにしてやった」
ネギっぽい食材と、鶏の卵みたいな食材を処理したが、確実に俺の知ってるネギと卵ではないことは分かる。だってあんなに食欲を消すような色してないもん、人間界の食材は。
「じゃあパパっと魔麺茹でるけど、硬め派? それとも柔らかいほうがいい?」
「硬いのがいい」
「了解、ワタシと一緒だ」
鍋いっぱいにグツグツと沸かせたお湯に、麺を入れた振りザルを二つ投入する。
波打つ熱湯に三十秒ほど茹でられた魔麺と呼ばれる黒い麺を、しっかりと湯切りして器にザッと移して次の作業に取り掛かるサラ。
「盛り付けたら完成」
別の鍋で用意していた出汁をお玉で丁寧に器に注いで、サララを上から乗せる。俺が用意した薬味も添えるように入れると、あっという間にサララ魔麺。
「部屋に運ぶのも面倒だしここで食べる?」
「だな、熱々食べたいし」
キッチンでパイプ椅子を広げ、そのまま食事の時間へと突入した。
「サラお手製のサララ魔麺いただきます!」
箸を麺に通すと、ヌメっとしたサララも絡まる。そのままズルズルと口に入れていって、ツルツルの麺とヌメヌメのサララがさっぱりと胃袋を満たしてくれる。出汁の芳醇さも相まって、麺を啜る手が止まらない。
「自分でも今日は上手く出来た気がする」
「いつも最高の腕前だけどな」
「……褒めてもおかわりしか出せない」
完食した器を俺から取るサラは、少しアレンジを加えて俺に渡してくれる。サラは褒められることに弱い。
「そういえばサラ。サラってやっぱり人間に裏切られたんだよな?」
「どうしたの急に」
「ふと気になってな」
竜人を裏切るなんてのは簡単そうに聞こえるが、実際には相当難易度が高い。竜人は人間より遥かに強いし、裏切って捨てるなんて損失しかないだろ。戦力は低下するし、竜人が復讐しないとも限らない。そうなると人間に勝ち目はない。そもそもこいつ、料理できるし美人だし裏切る理由が分からん。
「ワタシは、勇者パーティーのタンクだった」
「攻撃専門じゃなかったのか?」
「攻撃を引き受けて、油断したところを勇者が攻撃する。そんな作戦だった」
囮役って感じか、それは勇者パーティーの戦いと呼べるのだろうか。肉壁を使用するなんて悪党や外道の手段だろ。
「というかサラ、お前盾持ってなかったくないか?」
「そんなもの持ってたら上手く動けない」
「それタンクって言うかガチの肉壁じゃねぇか」
鎧と剣だけで敵の攻撃を一手に引き受ける。そんなことしてたらそりゃ鎧もボロボロになるわ。
「一度、ひどい怪我をした。けど休む暇なく戦いは続いた」
苦いものを噛み締めるような表情を浮かべるサラは、過去を切り捨てるように言葉を進める。サラは俺に全てを話してくれるつもりらしい。
「どれほど怪我をしても囮にはできる。当時のワタシは、『危険になったらカバーする』なんて感情のこもっていない言葉に騙された」
「実際は違ったんだな」
「うん、かつてないほど強い魔人だった。だからワタシは、あいつらが逃げるための道具にされた」
それが、俺たちの出会ったあの日の出来事か。
「ワタシは奇跡的に生き残れて、這いながら逃げてきた。そこにアイクが現れたの」
「散々だな。そいつらもう死んでんじゃねぇの? そんな雑魚行為するクソどもが生き延び続けるなんて、この殺伐とした世界じゃ無理だろ」
「多分死んでない。きっと他の人を盾にする。あいつらはそんな人種」
また竜人を仲間にできる確率は、心臓を滅多刺しにされて生き残る確率と同じくらい低い。と言うよりほぼ不可能。と言うことは、何人もの人間が盾として、肉壁として消耗されているんだろうな。
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