EP6
「あ、あぁ……俺の、城が……夢が……」
その場に泣き崩れる大の男。ある程度の歳のやつが泣き崩れるのは稀だ、確実にやりすぎた。同じ城を持ち、同じ野望をもつものとして少し胸が痛くなるが、ここは魔界。競争社会だ。
「サラ、そろそろ迎えが来る。行くぞ」
迎えに来てくれる店主の負担をごく僅かでも減らせるよう、ほんの少しでも山へ近付いておこうと思う俺を止めるように、静かな口調でサラは言う。
「ちょっと待って」
自分の手で、火を吹いたことで出た血が滲む口元を拭うサラは、何の迷いもなくルルンバの元へ歩き、肩に手を置く。火を吹くのは、自分の喉や口を多少なりとも犠牲にするようだな。今後は控えさせよう。見てるだけだが痛々しい。
「ルルンバだっけ?」
這いつくばるルルンバに慰めの言葉でもかけるのだろう。魔王としてイキり敵に蹂躙された挙句、同情されるなんて、悲しい結末だな。ああなるのだけでは勘弁して欲しいな。
「泣き喚くなうるさい」
サラに声をかけられても気付かないほどに涙を流し声が枯れるほど叫ぶルルンバに怒りを覚えたのか、サラの語気が強まる。
「へ? うわぁぁああ!!!」
「冗談だろ!?」
慰めなんかじゃない。それともイライラして慰めることをやめたのか。俺には分からないが、サラはなにを思ったのか、まともに立ち上がれないほどに憔悴しきったルルンバを燃え盛る崩壊した城へと投げ飛ばした。
綺麗な曲線を描き城へ辿り着いたルルンバは、離れたところにいる俺にまで聞こえるほど見事なジュッという音を奏でる。なんて残酷な仕打ちだ……。
「お前……鬼か」
「竜なんだけど」
平然とその他の魔人も同じように炎へ放り込むサラに畏怖していたところに、苦笑しながら店主がやってくる。
「竜の方、おっかなすぎでさぁ」
「サラ、迎えが来た。その辺にしといてやれ」
「分かった」
店主が来て俺が止めなければ、追加で火を放つ勢いのサラを馬車に乗せて、俺は店主から魔道具を渡された。俺が買っていない道具だが、これはおまけとしてくれそうだ。だがよくわからない道具だ。
「まさか人間の旦那が魔王だなんて、予想だにしてなかったでさぁ。これだから人生は面白いんでさぁ」
「で、これはどうやって使うんだ?」
手に持つのは、金属製の魔具。布こそついていないものの、形は小さな旗そのもの。布の形の部品が棒の上に付けられていて、棒の下側は鋭利に尖っている。
「それをこのテリトリーに刺すんでさぁ」
「なるほどね?」
言われるがまま小さな旗を床に突き刺す。旗らしからぬ、ジャキン! と鋭い音を立てたと思ったのも束の間、辺り一面に魔法陣が広がっていく。
ピコーン!
甲高い音が響き、突き刺した旗に俺の名前が刻まれ始める。なんだあれ。
「気の抜ける音だな」
「アイクの名前書いてるよ」
「旦那、これでこのテリトリーは旦那のもんでさぁ」
このテリトリーが、俺の……?
確かに魔王は倒した。敵対する魔王を倒してテリトリーを拡大するとは聞いていたが、こんな形で手に入れるとは思っていなかった。これ、店主連れてこなかったら城壊しただけになってたな。
「この土地に城を建て直したり、なにをしても大丈夫でさぁ」
「これしばらく放置してたらどうなる?」
「魔道具――テリトリーフラッグの有効期限半年の間なら放置でも無くなることはないでさぁ」
「つまり、半年以上放置したら取られるってことか」
今日はもう帰りたい俺は、馬車に揺られながらテリトリーフラッグが小さくなっていくのを見ながら、隣に座るサラの頬を引っ張り続ける。
「ひたひ」
「部下に見捨てられた魔王の心の痛みを考えろ、泣くぞ」
「ごへん」
モゴモゴと言葉を漏らすサラは、どうやら本当に後悔しているらしい。
「城に戻ったらそれ捨てろよ」
「うん、その予定」
ほぼ防御力を失っているであろう装備に愛着があって置いていたのだろうが、そのせいで逃げた説もある。昔が恋しくなった的な。
「ところでアイク。この人は?」
「あぁ紹介が遅れたな。あの魔道具を売ってくれた、市場に店を構える店主だ」
「竜の方、以後お見知りおきを」
馬車を操りながら、中に座るサラにペコリと会釈をする。
「センスのいい店主さん。あの魔道具はなかなかのレア」
「竜の方、ありがとうございやす。旦那から事伝っていやしたが、直接言っていただけるとは、感激でさぁ」
センスがいいと褒められた店主は、俺が伝えた時よりも嬉しそうにしていた。
そんな店主は、俺の城まで送ってくれる。分不相応な大きさの城に度肝を抜かれたのか、店主はしばらくパチクリと瞬きを繰り返していた。
「旦那、あんた案外すごい人なんで?」
「まぁな、俺は選ばれし魔王だからな」
「単に譲り受けた城」
「あぁ、そうゆうことでしたか」
「バラすなよ」
店主の俺への株が爆上がりしそうだったのに、サラの一言でその機会は失われた。
「アッシは店に戻りやす。また店になにか買いに来てくだせぇ」
「おう、ありがとな」
馬車から食材の詰まった木箱を下ろした店主は、ヒラヒラと手を振りながら俺の城から離れて行った。
「この食材どうしたの」
「サラを迎えにいく前に買っといたんだよ、あとこれも」
木箱に野菜と一緒に入れられた小さな筒を取り出す。
「食糧保管庫」
「ただの筒だよね」
「チッチッチ、まだまだ甘いな」
ただの筒と思い込んでいるこいつは、ある魔道具を収納している外箱にすぎない。店主の魔法を駆使して、大型の商品の運送を楽にしているらしい。
筒の上部を捻って、地面に置けば。
「体積どうなってるの!?」
「これ店主しか出来ない芸当らいぞ」
あっという間に大きなサイズの食糧保管庫が現れる。城門の前で食糧保管庫をマジマジと見ているシュールな状況だが、どうしてもサラを驚かしたかった。
「……ここで出してどうするつもり? こんな大きいの、キッチンまで運べる?」
あ。
「ま、まあ? 俺くらいなるとこれくらいは余裕っていうかなんていうか――」
腕が外れる。そんな感覚が俺を襲った。人が二人くらい入れるサイズの、縦長の箱。実際は三層に仕切られていて、入ることなんて出来ないが、それほどに大きい。
ビクともしない。筒に戻そうにもあれは店主しか出来ない、完全にやらかした。
「持てないんでしょ。ワタシが運ぶ」
「いやいや、本気出してないだけだし?」
持ち方の問題だろうか、上部を持つより下部を持った方が容易に持てる気がする……だけで実際は一ミリも動かない。
「で、その茶番まだやる?」
「……運んでくださいお願いしゃす」
サラは食糧保管庫をヒョイっと片手で持ち上げると、スタスタと城の中へと入っていく。俺はその後ろをトボトボついていくしか出来なかった。
「魔力も少ないし、力もないのに魔王とか正気なの?」
「上が無力の方が、支え甲斐があんだろ? それに俺は本気出せばなんとでもなるし」
「負け惜しみが雑なところも小物っぽいんだよ……でも、不意打ちで膝蹴りしたときはいい動きだった。本当は強かったりする?」
サラによる俺の評価は低めということは察してはいたが、こうもハッキリ言われると思ってなかった。
「俺はつえぇよ。世界すら簡単に取れちまう」
「へー? ならワタシいらなくない?」
「ざけんな、お前いないと俺は死んじまう。寂しさで」
どでかい城に一人なんて耐えられない。もう誰かと過ごす心地よさを知ってるんだ、尚更だ。
「しばらくはいてあげる」
そう言うサラの顔を見えないものの、耳は真っ赤に染まっている。サラは素直じゃない。でもこんな素直さのかけらもない竜人がいれば、俺は確実に世界を統べれる。そんな予感がする。
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