EP5

 トントンと壁を叩いてみても、なにも反応がない。寝てる、とは考えづらい。あいつは寝相が悪くて毎分寝返りをして騒がしいし、いびきもたまに俺の部屋まで響く時がある。だからこんなに静かなんて信じられない。

 俺は不安になって、急いでサラの部屋の前へと移動して、少し強めに三回ドアを叩く。


「サラ!? なにかあったか?」


 ドアノブを握って俺は最終確認として言葉を続ける。


「入るぞ、着替えてるなら言っとけよ。文句は聞き入れないからな」


 そう言って、少しの期待を胸にサラの部屋に入る。そこには、寝ているサラも、下着姿のサラもいなかった。

 開けられた窓から吹く風でカーテンが揺れる部屋の中には、いるはずのサラがいない。自室じゃなく、キッチンや他の部屋にいるのかとも考えたが、おそらく違う。


「……負担かけすぎたのかな」


 机には、シワシワになった紙と、折れたペンが数本、辺りに投げ捨てられたように転がっている。

 その紙には覚えたての字が、歪な形で並んでいた。

 

【ごめん でてく】

 

「なにがごめんだよ……頑張りどころは置き手紙じゃなくて、力の調整だろうが……!」


 力を加減することが思い通りにいかなかったことに嫌気がさしたのだろう、サラは俺に何も告げず窓から出て行ったみたいだ。


   

 ***


   

 俺はまず情報を集めた。

 竜人を見なかったか、騒ぎはなかったか。まずは市場で聞き込み、俺が頑張って描いた似顔絵を配布。出来ることは全てする。

 俺に何も言わずに去れると思っているあの竜人に説教をするまでは、めげるわけにはいかない。


「旦那、この似顔絵。本当に信じていいんで? 夢に出てきそうなこの妖じみた顔の女が通ればここら一帯は大騒ぎでさぁ」

「似てないのかな、自信無くなってきた」

「それは旦那しかわからないことでさぁ……」


 どうやら似顔絵は配らないほうがいいらしい。


「というか店主! 危うく金貨十枚無駄になるとこだったぞ、使用法はしっかり教えてくれよ」

「どうやら勝負はアッシが負けたみたいですね、でもいい教訓にはなったでしょう?」

「魔界での買い物は今後気を付けるよ」


 言って俺は、市場を去っていく。正直どこにいるかの検討はついていないが、そのうちなんらかの騒ぎを起こす気がする。つまり騒がしい方へ行けば巡り会える。


「おーい大変だあ! 竜人の女がルルンバの城を破壊したぞお!!」


 ほら、騒ぎを起こした。


「そ、そんな……あいつらはイカれてんだ。被害がここまでこないといいが……」

「それ、どこら辺だ?」

「人間がそんなこと聞いてどうする気だ? おいおいまさかルルンバを倒そうってか? 殺される前にママのもとに帰れ――ぐぼぉぉぉお!!!??」


 日常会話すらろくに参加できない腐った世界だ。


「質問だけに答えろ、急いでんだ」

「な、南西……です……! か、勘弁してくださぁい!!」


 南西とだけ言い残し、半泣きで全力ダッシュする魔人だが、よほど鈍足らしい。まだ視界から消えない。

 にしても、南西ってざっくりしすぎじゃないか? もっとこう、何キロ先とかまで言ってくれよな。


   

 ***


   

「ふーん、なるほどね」

「旦那、アッシまで目をつけられるのは嫌ですよ?」

「だいじょぶ、店主はここで馬車待機してくれてたらいいから」


 南西方向にある、魔王ルルンバ・ルンバが治めるテリトリーにある山から、ルルンバ城を望遠鏡で観察する。

 金メッキで統一された悪趣味な城は、家出中のうちの部下によって大破していた。あれは派手にいったなぁ。


「ほんとに行くんで?」

「部下のピンチだからな」


 大勢の魔人に囲まれながらも見事に蹂躙するサラに感心しながら、作戦を瞬時に練り上げていく。


「店主、例のブツを」

「正気とは思えないでさぁ」


 へへっと笑いながら頼んでいたものを渡す店主。

 俺はそれを受け取ると、砂煙をあげて崩壊し続ける城へ、転げ落ちるように移動する。


「おいおい竜人! 俺の城を壊した落とし前、どう付けるつもりだ!?」

「謝った、不慮の事故」


 城を大破させたにも関わらず、悪びれもせず堂々と囲っている魔人をボコボコにしていく。そりゃ怒られても文句言えないわ。


「上等じゃないか! 誰に喧嘩を売っているか分かっているのか!? この一帯を支配する、魔王ルルンバ・ルン――バァぁぁぁ!?」

「どうもお初にお目にかかります。最近魔界に越してきた、この世界を統べる予定のアイク・ロードです。以後お見知り置きを」


 丁寧な挨拶と、顔面に入る綺麗な角度の膝蹴り。吹き飛ばすなんて品のないことはしない、紳士的に地面へ叩きつける。我ながら見事な膝蹴りだ。


「これ、お近付きの印にどうぞ。腕ききの店主自慢のふわふわタオルです」


 店主から受け取った紙袋から、包装されたタオルを魔王に投げつける。ついでに、サラを囲むその他諸々の雑魚魔人の顔目掛けて全力投球する。お手頃な石が同封されていることは内緒だ。


「アイク、どうして?」

「どうしてじゃねぇよ、勝手にいなくなりやがって」


 表情を分かりやすく乱すサラは、すごく動揺しているのが分かる。


「ワタシ、アイクにとって迷惑なことしかしない。何度やっても失敗ばかり、でもアイクは優しくしてくれて、申し訳なかった……」

「だから逃げたのか」

「勝手に逃げたのはごめん……けど、他に思いつかなかった」


 ドサっと座り込むサラは、俺と出会う前に装備していたボロボロの鎧をガチャリと鳴らす。


「なんでそれ着てんだ」

「ワタシは逃げた。だからアイクに買ってもらったのは着れない」


 こいつなりの筋を通した。って感じなんだろうか。

 そういえば律儀にクローゼットに収納されてたな。ベッドメイクもされてたし、キッチンも綺麗に片付いていた。


「アホか、お前はもう俺の部下だ。どこまで逃げようが追いかけてひっ捕えてやる」

「なんで……」

「決まってんだろ、お前はもう俺の人生に必要な存在なんだよ。逃げたきゃ契約破棄した上で辞表を書くんだな、字が書けたらの話だけど」


 持ってきていた契約書と、紙とペンをサラへ押し付けるように渡す。「逃げたいなら今ここでそれを書け」そう言いサラを凝視する。


「契約破棄なんてしたくない……けど……迷惑はかけたくない……」


 大粒の涙を流し、紙にポツポツと流れ落ちる。


「迷惑はかけてなんぼだろ。俺を利用するんだろ? だったらとことんやりたいようにやれ、ただ。次からはちゃんと怒るからな、もう優しい俺はいないと思えよ」

「いいの?」


 こいつは根が真面目すぎるんだほんと。だから利用されるだけされて、損する人生。こいつには対等にぶつかれる存在が、俺が必要だ。それに俺は、強い部下が、サラが必要なんだ。


「いいもなにも、いなくなられたら困るからな。これからは共依存していこうぜ」

「後悔しても知らないから」

「そっちこそ、めんどい男に目を付けられたことに後悔すんなよ」


 手を差し伸べ、サラを地面から引き剥がす。

 もうここには用はないため、俺は山で控える店主に送る合図として、片目をパチンと一瞬だけ閉じる。


「サラ、火吹けるよな?」

「吹けるけど、今は力加減出来ない」


 以前サラは口から火の粉と煙を放出していた。だから火が吹けるという俺の憶測に書けたのだが、ビンゴだった。力加減が出来なくてもいい、なぜならする必要がないからだ。


「全力であの城消し炭にしてくれ」

「分かった」


 力を溜めるように、両足を肩幅に開いて体の重心を下へ落として息を大きく吸っている。吸われた息に比例するように、周囲は熱く揺れ始めた。


「や、やめろぉ! 俺の城になにするつもりだぁあ!」


 ルルンバの悲しみの叫びが当然サラに響くわけなく、業火の如く激しく燃えたぎるサラが放つ炎。

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