EP4

「動きやすいのがいい」

「マイクロビキニとかか?」


 真横から脇腹に鈍痛が走る。どうやら鋭い右フックが俺に炸裂したようだ。


「それ私服って言わない」

「冗談じゃないか……」


 竜人のパンチは、人間の俺にとってあまりにも痛い。手加減しているとはいえど、さすがは竜人。


「あ、こういうのがいい」


 左側の脇腹を右手で押さえながら、サラが立ち止まる店舗の中を覗き込む。そこには、スボンやシャツなどのシンプルで動きやすい服装がずらりと並んでいた。


「スカートは?」

「着るわけない」

「色気がねぇ」

「必要ない」


 鎧をガシャガシャと鳴らしながら店内に入って、即決で服を数着決める。そのまま俺の金貨袋から支払いを済ませたサラは、「一着は着て帰ります」と言って店の奥へ案内されていた。


「あ、俺も替えの服買っとかないとだったわ」


 一日分の着替えしか持ってきていない俺は、サラの着替え待ちの間に思い出せて良かった。


「試着されますか?」

「いや、あいつが買ったのより少し大きいサイズを用意していただければ。ほぼサイズ変わらないから、適当に用意してもらっていいですか?」

「承知いたしました、それでは三着ほどご用意させていただきます」


 俺の服を見繕ってもらっている間に着替え終わったサラが、どこか誇らしげに歩いてきて、俺の前でクルッと回ってキメ顔を披露している。


「いいじゃん」


 シンプルなシャツに、スリムなズボン。

 大きな尻尾をどうズボンに収めるのかと思っていたが、尻尾部分を切り抜いてもらったようだ。


「尻尾が出しやすいようにしてもらった」


 言うサラの奥で、貫禄のあるおばさまがぺこりと会釈してくれた。


「他のもしてくれた。この店いい」

「そうだな、今後もお世話になりそうだ。スカートは置いてねぇけど」

「着ないってば。そんなにスカート好きなの? 自分で履けばいい」

「その手があったか。ってアホか、美人が着るからいいんだろうが」


 絶対にスカートを履く気のない様子のサラは、俺のことを冷たい視線で凝視する。竜人の眼光は迫力がある。

 そんなサラから返された金貨袋から支払いを済まし退店して、城へと戻るために市場の中を歩いていた。


「お腹すいた」

「さっき飯食べたろ」

「すいた」


 点々と存在する屋台には、食べ歩きに最適なよく分からない串料理が売られている。食材が何かはわからないため、サラの分だけ購入することにした。


「うま」

「……見た目グロくないか? なんの食材だよ」

「ヒポポポヌンのもも肉」


 聞いてもなお理解できなかった、なんだヒポポポヌンって。


「甘さとしょっぱさと苦さと辛さがクセになる、ヒポポポヌン串は。特にあの屋台は辛味が強めで好み」

「忙しい味なんだな」

「食べてみ」


 ずいっと突き出されるヒポポポヌン串。顔の周辺で漂う香りは、地味に食欲をそそるような匂いだ。


 怖いもの見たさ。というものだろうか、差し出された串に一口齧り付く。瞬間、口内に広がる肉汁と、数種の味が味覚を震わせる。

 断言しよう、見た目は当てにならない。


「魔界の料理美味いな」

「魔界料理は見た目にこだわらなくて人間は嫌煙するけどちゃんと美味しい。それに見た目もこだわれば人間界の食事なんて目じゃない」

「料理上手の自信って感じだな。今後の食事が楽しみだ」


 これから毎日、人間界に食材を調達しに行く必要があるかと不安だったが、料理上手なサラがいてその問題は解決した。

 

 食事問題が解決して、サラの腹も満たされて、オーダーしていた服も受け取った俺たちは城へと帰還していた。


「サラ、書類に承諾くれ」

「なんの?」


 自室でくつろぐサラに、俺は一枚の書類を手渡す

 内容は、俺の元で暮らすことへの同意書兼、契約書だ。部下が安心して働けるように管理するのは、魔王として当然の行動だ。


「これないとこの魔王軍に参加して活動しているかが証明できなくて、報酬が支払えねぇからな?」

「分かった」


 書類を受け取るとサラは、親指を紙の下の方へ置いて魔力を流す。魔界での契約ごとは、基本魔力を使用して承諾の意を表す魔力印で行う。契約を破棄する際は、魔力を流したペンで署名して無効化する必要がある。


「よし、これで正式に俺の部下な」

「利用してるだけ」


 冷たく言うサラだが、魔力印の押された書類を見る表情は朗らかなものに感じた。


   

 ***


   

 魔王軍としてサラを迎え入れて数日、俺は一つ理解したことがある。


「あ、壊れた」

「おい、ドアの破壊は今日で三回目だぞ?」

「うるさい」


 竜人であるサラは時折、力加減を間違える。そして反省している様子があまり感じられない。


「こんな雑さでよく今まで人間界で暮らせてたな」

「前まではこんなことなかった、壁に触れてもこんなふうに壊れなかった」


 流れるように壁も破壊するサラ。やめてくれ、修理するの俺だぞ。躊躇なく繰り返す破壊行動の後処理は、俺がちまちまと担当している。不慣れな大工作業は当然、クオリティが残念すぎる。


「成長期か?」

「分からない……ごめん……」


 申し訳なさそうに俺から視線を逸らすサラは、そのまましばらく俺の後ろで修理を見学していた。

 気に入らないことがあったり、イライラすると意図的に壊すこともあるが、今回に限っては偶然なんだろう。少し反省しているように見える。もしくは肥大化する自身の力に困惑しているだけかもしれないが。


「日常がガラッと変わったんだ。心境の変化で力加減できなくなってるのかもな、徐々に慣れていけばいい」

「元通りになる?」

「この世に不可能なんてねぇからな。当然だ」


 城は壊れれば直せばいい、気長に待つとする。サラが力を制御できる日と、ワガママがマシになる日を。


「……極力なんとかする」

「とりあえず飯にしねぇか?」


 大工としての仕事は一旦休憩だ、腹が減ってはなんとやらだからな。


「作ってくる」


 そう言って重い足取りで進むサラは、自分の足を絡めて前のめりに倒れ込む。そして起き上がるために支えにした壁はミシッとヒビが入る。


「…………ごめん」

「悪気がねぇのは、うん、分かってっから……」


 これは悠長に構えている場合じゃないかも知れない、重症だ。このままじゃサラ自身が取り返しのつかない怪我をするか、俺が壁みたいに粉々になる未来しか見えない。

   

 ――力の加減には、精神状態が関係している。

 そう考えた俺はサラをリラックスさせようと、数々の癒し効果が期待される物をここ数日の間で何度も試した。


「ハーブティー、苦手。お香、嫌い。観葉植物、興味なし。マッサージ器具、破損。愛玩動物……は力加減できないとシャレにならねぇから試せない」


 手帳に今まで試したことを殴り書きしていく今までの戦績。さすがにマッサージ機が壊れるとは思っていなかった、肩や腰が酷く凝り固まっていてドン引いた。


「匂い系でも、マッサージ系でも無理となると……もう打つ手がねぇぞ」


 自室に篭りながら頭を抱えている。力加減が出来なくて壁や物が壊れる。そのストレスで破壊衝動に駆られている。そしてサラは自身の不甲斐なさに心を痛めている。


「悪循環なんだよなあ」


 俺は今どうするべきだ? 他の魔王軍にそろそろ目をつけられ始めているし、堅牢な城と最強の人材を万全な状態にしておきたい。


「サラー! 今大丈夫か?」


 隣の部屋にいるであろうサラに聞こえるように腹から声を出す。すると数秒後にドタバタと足音が響いて俺の部屋のドアが勢いよく開かれる……はずなんだが。


「……サラ?」

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