EP3

 ***


   

「うめぇ……」


 竜人を拾って数時間後、昼食。

 卵を爆発させ、ウインナーを爆発させ、米をカチコチに焦がし、フライパンを大破させた。そんな俺に痺れを切らしたサラが、城の広いキッチンを使って手早く料理を作って振る舞ってくれた。


「この程度でいいなら、ご飯は毎食ワタシが作る」

「助かる、俺予想以上に料理できなかったわ」

「作ったことなかったの?」

「全く」


 食材を高火力で熱すれば美味い飯ができると思っていた。だが現実はそんなに甘くなかったって訳だ、丸焦げになった時は何が起こったのか理解出来なかった。


「アイクは何もできなそう」

「バッカお前、思っても言わないのが仲間だろ。利用するからって、仲間設定忘れるなよ」


 グサっと来る一言を俺に刺してくるサラだが、口調は柔らかく感じる。空腹が満たされて心に余裕が出たからだろうか。


「言いたいことを言い合うのが仲間。にしてもこの城汚すぎない?」

「あ、忘れてた。魔道具使わないと」


 大きな拾い物をしてすっかり忘れていたが、俺は今金貨十枚の魔道具を持っている。これが正常に使えるのか否か。


「それ使えるの?」

「瓶を開けて綺麗になったら使えた、なってなかったら使えなかった。そんな賭けなんだ。明言は出来ないが多分使える」


 瓶を見て驚きを見せるサラは、俺の言葉を聞いて驚きを超えて呆れを露わにしていた。


「その魔道具が使える魔道具なのかって訳じゃなくて、アイクがちゃんと使用できるかって意味。それ、普通に開けたら無駄になる」

「マジ……?」


 玄関で今にも開けようとしていたが、なんとか踏みとどまれた。ナイスだサラ。


「魔力伝導の高い瓶に入れられた特殊な液体を、圧縮した魔力で蒸発させて使う魔道具だから、魔力量が多くないと無駄になる。アイク魔力量少なそうだけど大丈夫?」

「無理だ、頼んだ」

「はぁ……」


 分かりやすく嫌そうな顔をするサラたが、自分がやらないと城は綺麗にならない。そのことを理解しているのだろう、瓶に圧縮した強い魔力を流し始めた。


「目を瞑ってた方がいい」

「え、なんで――」


 ユラユラと揺れ始める液体が入った瓶の蓋を開けると同時に、一瞬のうちに辺りが眩い光に包まれる。


「目がぁああ!!」


 チカチカと視界が点滅しながらも、サラが人を馬鹿にしたように笑うのを感じる。もっと早く言ってくれよ……頭痛くなってきた。


「成功。こんないい魔道具を扱ってる店、センスある」

「店主に伝えとく……」


 目を閉じてゆっくりと眼球を休ませながらも、感動するサラから、ピカピカになった城が容易に想像できる。


「目が痛すぎんだけど……」

「反応速度遅すぎる」

「光の速度に勝てる人間なんている訳ないだろ」


 目を労るためにタオルをあっためるとするか。しばらくしたら、城門に我が魔王軍の看板を付けるとしよう。


「サラ。後でいいんだけど、門前に立て掛けてるプレートに文字書いて固定してくれるか?」

「固定はするけど文字は無理」

「なんでだよ、字も書いてくれよ」


 ささやかな反抗をされた。


「ワタシ、字書けない」

「あーはん? マジ?」

「小さい頃から剣しか握ってない」

「殺伐としてたんね」


 武闘派の竜人として、こいつは小さい頃から責務を全うしていたんだろうな。なのに人間に裏切られ、傷付き、今もこうして人間にいいように言いくるめられている。


 俺はわかってしまった。こいつはワガママだったり、口が悪かったり、野蛮だったりするが、根本的にお人よしなんだろう。そんな人生を歩んできてそうだ。


 だったら今俺のすべきことは世界を統べることでもなんでもなく、ただ一人の悲しい竜人の人生を楽しくすることだろう。


「今度字を教えてやるよ。字が書けなかったら困るしな」

「いいの?」

「もちろんだ。俺の仕事も助かるし、将来的にも必ず役に立つからな」


 魔王として君臨するには武力だけでなく、事務系の作業も必須になる。俺一人で請け負ってもいいが、二人でやる方が早く終わるし、ミスも減らさる。


 字を書きたかったのか? 予想外の反応で、ブンブンと大きく尻尾を振っている。大きく揺れるたび、ボロボロの鎧がガシャガシャと音を立てる。


「なぁ、それ脱がないのか? ボロッボロの鎧」

「エッチ」

「何がだよ」


 ガシャリと音を立てながら、サラは自分の身を抱きしめるように俺から距離をとって頬を赤く染める。


「これ脱いだら下着、脱げない」

「着替えてこいよ。部屋は最上階のとこな、俺の隣部屋」

「これしかない」


 傷やへこみだらけの鎧を悲しげに見ると、しょんぼり眉を下げた。


「洋服は」

「そんなの着たことない、鎧じゃないと負ける」

「何との戦いだよ。買いに行くか?」


 眉が上がる。どうやら行きたいようだ。と言っても、洋服で戦闘は出来ないもんな。戦闘服も見に行くか。


「よしサラ。オフの日に着る洋服と、仕事中に着る動きやすい服を買いに行くぞ」

「今から?」

「善は急げだ」


 まだクラクラする視界だが、瞼をパチパチと動かすことでなんとかこの視覚にも慣れてきた。

 だから今すぐにでもサラを連れ出して服を買いに行きたかったんだが……。


「食器片付けないと。カピカピになる」

「……うす」


   

 ***


   

「魔法耐性のローブと、身体強化付与の戦闘服ください。戦闘服はオーダーメイドで、動きやすさ重視でかっこいいのお願いします」

「承知いたしました。採寸いたしますので、あちらの別室で少々お待ちください」


 食器を片付けてから仕立て屋へやってきた俺たちは、採寸のために別々の部屋に案内された。魔界での仕立て屋にしては、丁寧な接客に感じる。人間にも等しく接客できる、まさしくプロの仕事だ。


「デザインはお連れ様と合わされますか?」

「そすね、大まかなところは統一してください」


 いずれ俺が率いる魔王軍が大所帯になったとき、統一された戦闘服が、畏怖の象徴になる。そんな妄想をしながら採寸を終わらせる。自分の想像より股下が少しだけ浅かった。


「アイク、物理防御付けていい?」

「別にいいぞ。竜人は肉弾戦の近距離戦闘が得意だもんな、打ち合いになればそりゃ物理防御いるよな」

「ありがと」


 採寸中の部屋にバタンと入ってきたサラは、オーダーを楽しんでいるようでなによりだ。だがノックくらいしろ。


「意外と鍛えてるんだ」なんて言い残して去っていったサラが望んだ物理防御を、俺の戦闘服にも付与することにした。


「制作期間に半日ほどいただきますが、よろしいですか?」

「問題ないです。先にローブを見ておきます」

「吊るしの物もカスタマイズ可能ですので、デザインがお気に召したものをどうぞ」


 オーダーメイドを作ったおまけとして、カスタマイズを無償で請け負ってくれるらしい。魔界の商売人はよくおまけをしてくれる。これが魔界で物を売る流儀なんだろう。

 全身が隠れるような長い丈のローブを二着選択し、魔法耐性と魔法迷彩を付与してもらうように頼んでから店を出る。


「私服買いに行くぞ」


 横に並び歩くサラに視線を合わせることなく、独り言をこぼすテンションで俺は道を進む。

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