EP2
***
野菜が買えた。色艶のコントラストが最高のパプリカに、重みのある茄子、水々しいレタスに、熟れたトマト。
何も考えずに片っ端から手に取り購入した。今日は野菜炒めが食べたくて野菜を探し求めたが、どう考えても野菜炒めにトマトは禁忌だろ。
「トマトだけは別メニューにするか? いや、ここは思い切ってサッパリ風野菜炒めなんてものを作ってみるか?」
昼食はどうするか。人間界を歩きながらそう考えるうちに、そもそもフライパンなどの調理器具を持っていなかった。
もう今日の昼はこの街で食べて帰って、野菜は晩飯にチェンジしようか。そう考えていると、足元から地鳴りのような重低音が響く。
「……す……に……!」
地鳴りの発生源であろう地面に視線を下ろすと、人が一人力尽きていた。長く伸びる赤髪がバサっと地面に広がるようにうつ伏せで倒れるそれは、身にまとった鎧をガシャガシャと音を立てて這いつくばりながらも移動を試みている。
「大丈夫か?」
地面に声を落とすように、鎧へと話しかける。しゃがみ込んだ時に気付いたが、こいつ酷い怪我をしている。
「殺す……絶対に……」
「物騒だな」
「人間!?」
「あ、おい。そんな怪我で俊敏に動くんじゃねぇよ」
俺の存在に気付いて傷だらけのそいつは痛みを堪えながら逃げようとしたが、耐えれるわけもなく壁にもたれながらその場に座り込んだ。
「近付くな人間!」
「迷い込んだ……訳じゃなさそうだなお前」
険しい表情で俺を睨みつけるそいつには、比較的美人寄りの顔に黒いツノが生えていて、背後には逞しく生える尻尾が存在していた。だから人間界に迷い込んだ魔人だと思ったんだが、どうやら違う。
身なりは、人間界で勇者などと称えられる存在と同じような格好をしている。
ボロボロになっているとは言えど、高そうな鎧と高そうな剣を装備していた。この人間界で堂々と人間と同じように暮らせる魔人なんて存在しない。ただ、竜の血も同時に流れていれば話は別だ。
「お前も竜人のワタシを殺そうとするんだろ! もうワタシは騙されない!」
人間界、魔界ともに最強として伝承されてきた竜人。そんな竜人は、滅多に悪意などを持たない。言わば正義の最強魔人とでも言うべきだろうか、だから昔は人間界でよく兵隊として利用されていたらしい。
「それ以上近付くならこの世に別れを告げてからにして」
「魔界に引っ越した時に別れはすでに済んでる」
「魔界に引っ越し……正気? 人間」
ギュルルと空腹を激しく主張する竜人の腹部。地鳴りの発生源はそこか。
「食えよ、フレッシュなトマトだ」
「いらない、人間の作ったものなんて口にしたくない。近付くな」
視界にすら入れたくないのだろう、竜人はグイッと首を反対方向に向けている。
「そこまで人間を嫌う理由は?」
「うるさい、離れろ」
理由なんて安易に想像がつく、どうせ力目当ての人間に利用されて捨て駒扱いされたんだろ。俺は理由を聞くフリをして竜人の横へと腰を落とす。
心の底から人間を嫌悪しているようだが、根が優しいのだろう。威勢の割に俺を攻撃する気配がまったくない。
「まぁ食えって。人間が作ろうが、トマトとして世に出た時点でトマトなんだぞ? その事実に人間がどうの、なんて理由を結びつけるのはトマトに失礼だろ」
竜人の目の前にトマトを回り込ませ、俺はフリフリと小さく揺さぶらせてみた。
「ほらトマトが悲しげに震えてるぞ。好き好んで人間に育てられた訳じゃないのに、空腹の人に食べてもらえなくて辛いよ〜ってな」
「でも……人間が……」
「関係ないって、生きるためだ。そんなに憎いならなんとしてでも生きて復讐しなくちゃな? だろ?」
腹にたまらなくても、何かを食べたいほど空腹のはずだ。なのにまだ渋っている竜人。
「復讐……してもいいのか?」
「お前バカだなぁ。ムカついたらやり返す。これマストだろ」
こいつマジか、復讐しないつもりだったのか? こんなに憎しみに溢れているのに。竜人ゆえのことなんだろうか、滅多に悪意を持たないってのは嘘じゃないみたいだ。恨んではいるみたいだけど。
「決めた、復讐する。人間に」
「だったら俺と来いよ竜人。お前に欠如した悪意と残忍さを叩き込んでやる」
「人間嫌い」
「おいおい、心はもう魔人だぞ? 俺の城で雇ってやるって言ってんだよ。どうせ働くところどころか住むとこすらねぇんだろ?」
図星をつかれた竜人は、髪をいじったりボロボロの鎧を手で拭いてみたりと、分かりやすく誤魔化している。
「利用されるかも、なんて疑いを捨てろとは言わねぇよ。むしろ疑い続けとけ。けど俺はシンプルにお前が欲しい。一緒に世界を手中に収めようぜ」
「ワタシが欲しい? お前も竜人の力が目当てなんだろ! 他の人間のように優しく接してきて、必要となくなれば捨てるんだろ!?」
そう簡単に仲間にはなってくれないか。一度傷付いた心は修復まで時間がかかる、それは仕方がないことだ。
「傷だらけで行くあてもなくて困ってるんだろ? それに復讐するにも一人では限度がある。そして俺は戦力がなくて困ってる」
「……?」
「利用されると捉えるか、お前自身が俺を利用すると捉えるか。そこは本人のお前に任せる。俺と暮らせば衣食住には困らねぇだろ」
これで納得してくれ、でないともう打つ手がない。最初こそ興味本位で声をかけたが、今となっては譲れない。どうしても仲間にしたい。それに、言い出したことを撤回するのは男が廃る。傷だらけで瀕死のやつを放置する訳にもいかないしな。
「後悔するなよ、人間。必要がなくなるまで利用してやる」
「どうも、ほら食えよ。一旦は仲良くしようぜ、今日から同居人なんだからさ」
「ワタシの力が欲しいからってここまで粘る人間なんて今までいなかったぞ、変わった人間だな」
やっと受け取られたトマトは、竜人の大きな一口に収まって、数回の咀嚼で消えていった。
物足りなさそうに視線を下に落としながら指をペロペロと舐める竜人に、茄子とキャベツを渡す。茄子は生で食べる野菜じゃないが、竜人は雑食と聞く。大丈夫だろ。
「俺はアイク・ロード。いずれ魔界で魔王として君臨し、この人間界も統べる男だ。これからは魔王様と呼んでもいいぞ」
「絶対呼ばない。でもワタシのことはサラと呼んで。サラ・ドラゴだけど、ドラゴは気に入ってないから呼んだら潰す」
「ワガママだな。竜人ってみんなそんなんなのか?」
キャベツをかじる感覚で生の茄子も美味しそうにかぶりつくサラは、自慢げに胸を張る。
「そんな訳ない。ワタシだけが至高、ナンバーワン」
「つまり規格外のワガママってことね」
ムカっとしたような顔つきで威嚇するサラの口から、煙と火の粉がパラパラと漏れ出ている。こいつもしかして火吹けるのか?
「腹は満たされたか?」
「足りない、竜人は大食い」
「なら飯でも……いや、食材と調理器具買って城で作るか」
人間嫌いのこいつを、人間の店へ連れて行くのは酷い拷問だろ。気軽に外食に誘うのはやめよう。
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