魔王を目指す俺、竜人を部下にしたけど苦労してます
真白よぞら
EP1
俺の城が、轟音とに激しく揺れる。今日でもう二度目だ。
「おいサラ! 八つ当たりすんな!」
「うるさい!」
俺の部屋から廊下を覗けば、赤い髪を揺らしながら壁を素手で砕きつつ進む背の高い女が見える。
「気に入らないことがあるたびに暴れんのやめろよな。城が壊れる」
「だって気に食わないんだもん、ストレス発散したいから壊す。指図しないで、何様?」
「何様ってお前……一応魔王様なんだが?」
近付いてきて尻尾の先で器用に俺の顎を撫でるように持ち上げるこの女は、魔王として奮起する俺の、たった一人の部下だ。
そして俺はこいつの上司なんだけど、どうも立場が逆転している気がする。
「知らない! ワタシはワタシのやりたいようにする! いつも言ってるでしょ?」
「こいつ……」
今はほぼ存在を確認できておらず絶滅したと噂され、世界で唯一最強とも謳われる竜人。俺の目の前で不貞腐れているこの女は、その竜人の一人だ。
そんな最強人材を自分のもとに引き入れた時は喜んだが、どうにもおてんばでワガママがすぎる。
「サラがいなきゃダメだと思ったけど、判断ミスだったかなぁ……」
頬を膨らませ、怒りを滲ませながら去っていくなか、俺は瓦礫を片付ける。
もう慣れた後処理に修理作業。なぜ魔王であるこの俺が雑用をしているか、それは半月ほど前の話を思い出す必要がある。
***
時代は大魔王時代。
偽りの正義が蔓延るこの世界で各地方に点在する魔人たちは、各々が魔王軍を設立し、そんな世界を手中に収めようと暗躍していた。
中には人間界に忍び、人間の隙を伺う者もいる。だが大半は、魔界を統べてから人間界を征服しようとする者が大半だろう。事実、俺も後者だ。
「でっけぇ城だ」
今日俺は魔人だらけのこの魔界で、個人運営の魔王軍を設立した。大元の魔王軍からの手厚い支援も、優秀な幹部たちも、戦闘員たちもいないこの心細さも後にはいい思い出になるだろう。きっと。
祖父からプレゼントされた、個人運営にはあまりにも大きすぎる城。その門を抜け俺は、城内をぐるりと見て回る。
手元には見取り図。その見取り図に書かれた最上階の部屋、そこを自室にしようと考えていた。
「掃除もしねぇとな……」
この城は祖父が現役時代に使用していたから、随分と年季が入っている。魔王を辞めてからは手付かずだったから、ひどく汚れているのも仕方ない。
まずは自室の掃除からしたいものだが、金貨袋や着替え以外はこの身一つでここに来たため、掃除道具が何一つもない。
「じいちゃん掃除道具くらい置いといてくれよな」
ドアを開ければ悠々と埃が無数に舞う部屋に、唯一持ってきていた着替えを一時避難として置いたものの、きっとこれは水洗い必須だな。なんて絶望しながら俺は魔界の市場へ歩いていく。
薄汚れた空気が漂う魔界では、迷い込んだ人間の悲鳴が頻繁にこだましている。魔界に生きる存在は、弱者を見れば徹底的に潰し、自分の優位に気持ちよくなる。そんな連中ばかりだ、例にも漏れず俺もその部類だと自覚している。
「おいおい止まれ人間。何しれっと歩いてるんだ? ここは魔界だ、お前みたいな人間がウロウロしてると怪我するぜ。あんな風にな」
手を血に染めた男が、俺を引き止める。その男には、人間と違いツノが生えている。人間と魔人の違いは、ツノがあるかないかだ。だからこの魔人は、ツノのない人間の俺に目を付けた。
魔人は嬉々として、離れたところで倒れる人間を指差している。おそらくあの人間はこの魔人にやられたんだろう。迷い込んだばかりに、命を落としてしまうなんて、理不尽な世界だ。
「人間界まで無事に戻りたいならこの俺を護衛として連れていくといい。金貨五枚だ」
「いらね、失せろ」
どうやらこいつは、こんな手口で小遣い稼ぎをしているらしい。だが俺には不要だ。
「いいのか? 道中で命を落とすぜ? 例えばこんなふうになぁ!」
血が付いたままの腕が勢いよく俺の横を通り過ぎていく。
「――っ!? 避けた!?」
「俺は強いから、護衛なんていらねえ。じゃあな」
体勢を崩してよろめく魔人を軽く蹴り飛ばし、俺は市場のある方角へと足を進めた。
進めど進めど、どこでも人間の悲鳴が聞こえ、人間というだけで魔人が襲ってくる。人間界に侵攻する魔人を討伐する勇者や冒険者は、ここまで助けに来ない。所詮あいつらは目立つことしかしないやつらなんだ。だから嫌いだ。
「――掃除道具を用意してくれねぇか? それと桶と洗濯板も頼む」
数十店舗が密集している市場の端に陣取る店。俺はそこを訪れる。人で賑わってこそいないものの、一番綺麗な店構えだったからだ。
「人間の旦那、魔界で日常生活しようってかい?」
作業用のような少し汚れたエプロンを身に纏った人物がカウンターで俺に聞き返す。手拭いを巻いたその人物は、手拭いからはみ出すツノを触りながら驚いた表情で俺を見ている。恐らくこの店の店主だろう。
「魔界は力ある魔人が城を建てて陣地を争っているんでさぁ。ただでさえ魔界は治安が悪いんでさぁ。悪いことは言わない、速やかに帰んな」
「あと、食器も欲しいな」
「話を聞かない旦那だ。アッシはどうなっても知りやせんよ?」
道中で出会った魔人とは違いこの店主は心の底から俺を心配しているらしい。魔人にも良心があるやつはいるんだな。
「とにかく部屋を綺麗にしてぇんだ。掃除道具を買いたい」
「そんなひどい状況なんで?」
「混沌だぞ」
何を言っても無駄だと判断したのか、店主は猫背の背中を一度伸ばしてから、ガサゴソと棚を探り出した。掃除道具を探してくれているようだ。
「あ、旦那。こんなのはどうですかい?」
「掃除道具……ではないみたいだけどなんだこれは」
「魔道具でさぁ」
取り出してきたのは、小さな瓶に入れられた紫色の液体。俺の希望は掃除道具だったはずだが?
「こいつの蓋を玄関で開けるだけであら不思議! ホコリや蜘蛛の巣なんかもピッカピカ! さらにさらに、数年は汚れ知らずっていう万能品!」
店主が紫の瞳をキラキラとさせ楽しそうに売り込む魔道具とは、そんなに万能な物なのだろうか? 今まで使ったことはなかったが、掃除の手間が省けるなら、掃除道具より断然欲しい。
「値はちょいと強気の金貨十枚!」
「それが本当にその効力を発揮するなら出す価値はあんな。でも高いんだよな……実際どうなんだ?」
「それはなんとも言えやせん。商売は、売り手と買い手の真剣勝負でさぁ。アッシら商人は良い物も悪い物も等しく売る。旦那たちお客はいい物だけを買いたい」
店主はニヤリと挑発するように笑って、ヒラヒラと魔道具を見せつけてくる。楽して混沌な城からおさらば出来るなら価値のある買い物だもんな、欲しいな。
「反する考えはぶつかる運命でさぁ。勝つも負けるも楽しめる人物にしかアッシは物を売りやせん。旦那はアッシが物を売る対象だと思うんですがねぇ」
「その勝負乗った。そういう賭け、嫌いじゃねぇ」
金貨袋から金貨を十枚取り出して、店主から魔道具と交換する。もし使えない魔道具なら大損だが、使えたなら文句なしの逸品だろう。これ一つであの広い城が綺麗になり、その上しばらくは汚れないんだからな。
「旦那、これはおまけでさぁ。受け取ってくんな」
「お、助かる」
店主から桶と洗濯板をおまけとしてもらった。粗悪品を買わせた詫びと言うなら受け取らないが、おまけと言うなら話は別だ。ありがたく頂戴する。
「そうだ店主、新鮮な野菜ってこの市場で買える店ねぇか?」
「バカいっちゃいけねぇよ旦那。ここは人間界じゃないんでい、魔界には綺麗な見た目の食材なんてなく、クソみたいな食材しか売ってねぇでさぁ」
ほんの一例と言わんばかりに店主は、自分の店に並べている食材を指さす。その陳列台には、禍々しく存在を主張する黒い物体。
そうだよなぁ、魔界で過ごす以上、今までの食生活は望めないか。でも嫌だなぁ、あんな得体の知れない物体食いたくないんだよな。
「人間界に戻れば野菜なんて好きなだけ食えるんじゃありやせんか?」
「戻るしかないよな、しゃーない。戻るしかないんだもんな」
「なんでい旦那、戻りたくないんで?」
今日も勇者様が魔王軍の侵攻を防いでくれた。冒険者が魔人を倒した。そんなことで日々お祭り騒ぎであいつらを英雄扱いする人間界なんて、誰が好きになるんだよ。
貧困なんかには目もくれず、飢えで明日すら見えない小さき命を度外視で、権力のある年寄りに媚びている英雄なんて見るに耐えないだろ。
「でもなぁ、戻るしかないよなぁ……。よし戻るわ」
「道中お気をつけて」
市場を足早に抜けて、俺は魔界から人間界へ繋がるゲートを潜る。常に解放されているため、いつでも出入りができる。それは魔人も人間も等しく同じだ。だから迷い込む人間が多い。
「出来るだけ大きな街に繋がるゲートどれだったかな」
転々と存在するゲートは、繋がる先は当然バラバラ。全てを把握するにはずいぶん労力がかかるだろうな。
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