第3話 束の間の平和と

 母はお菓子とジュースを出した。この家にもそんなものがあったのかと驚いたがこの馬鹿が喜んでいるので良いとしよう。

「美味しいですね。あなたと一緒に食べるとより」

 息子の前で母親を口説くなよと思わなくもないが、双方冗談のようなので特段気にしてもいない。

「どうして家に?」

「勉強に付き合ってあげてるんですよ」

「逆だろ」

 可もなく不可もなくな俺だがこいつほど馬鹿ではない。勉強に付き合ってやってるのはこちらだと言うのに。

「ふふ、仲良いのね」

「はい、もちろんです!」

「これからもうちの息子をよろしくね」

「はい!」

 任されたのが嬉しいのか、瞳をガキのようにランランと輝かせている。おやつの皿を持って立ち上がる。

「勉強しなきゃだから部屋に戻るよ」

「うん、頑張ってね」

 家の母親は、上っ面だけの笑みを浮かべた。アイツと喋っているときはもう少し楽しそうな表情を浮かべていたが、よほど俺が気に入らないらしい。

「行くぞ」

「ありがとうございました!」

 元気でいい子。自称天才というところを除けば特段悪い所もない奴だ。母親の目には新鮮に映っただろう。泡良くばこのまま起こしたことを忘れてくれるといいのだが、そういうわけにもいかないだろう。この後のことを思って頭がズキズキと痛んだ。


「じゃあな」

「認めてやろう。お前は天才だ」

「帰れよ」

「バイバイ」

「バイバイ」

 数時間後、ようやく今日の分の勉強が終わったので帰らせる。ドアを閉めてリビングに行けばそこに母親がいた。

「あーー、あ゛ー」

 発狂して殴りかかってくるからそれを正面で受ける。避ければもっと怒るし時間もかかることは今までの経験上分かりきっている。

バキッ、ドガッ

 嫌な音がして、口の中の固いものを吐けばそれは歯だった。ころんと地面の上に転がった。転がった跡には血がついてそれでまた殴られた。

「起こさないでって言ったわよね。今日の夜も仕事があるの。なのにあんたって奴は、本当に。身篭った時に腹叩いて殺しときゃ良かった」

 数十分殴られた後はさんざん殴って疲れたのか、また自分の部屋に戻って行った。

 家の両親は両方とも夜職だ。ホストの父とホステスの母。その間に生まれたのが俺だった。父親はすごく人気のホストで優しい人だ。望まれぬ子である俺にも優しく接してくれる。母親もそんな父が好きで父がいる時は俺を殴らないし、そもそも機嫌がいいからそんなことも思っていなさそうである。だから父は嫌いではない。

 ただ、注意したいのが母も嫌いではないと言うことだ。嫌いなはずなのに、さっき似ていると言われて嬉しかった。どうしたってあれは俺の母なのだ。たった一人の血の繋がった母親なのだ。殴ろうと何しようと、その特別は俺が幼い頃からずっと変わっていない。

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