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「天意心極流? 聞かぬ名前だな」

大膳か、首を傾げた。

「まあ、師匠が常々『仙台に伝わる、田舎剣法よ』と言っておったでな。知る人の方が少ないであろう」

「どんな流儀だ?」

「うむまあ、ひと言で言えば、『殺人剣』だな」

「殺人剣——物騒だな」

「ははは、剣術というものは、どんな流派も、すべからく殺人剣であろう)

「まあ、それは、そうだが」


「公儀の『御流儀』である柳生新陰流も、宗矩どのあたりから『活人剣』などと唱え始めて、天下を治める剣を自認しておられるようだが、なに、それは一種の誤魔化しよ——と、師匠がよく言っておった」

「何だ、お主の見解ではないのか」

「わしは、あまりそういう難しそうな事は、考えんようにしておる」

「なるほど」


「わしが、その師匠から天意心極流を学んだのは、三か月あまりだった。三月みつきの間、一刀流の道場も休んで、朝から晩まで修行して、免許状をもらった翌る日、師匠は忽然と姿を消した」

「それからは、一度も?」

「会ってはおらぬ」


新次郎は、柳の幹に寄り掛かりながら、遠くを見つめるような表情で、続けた。

「去り際に、わし宛に手紙を残しておった。それには『お前の手で、天意心極流を活人剣に直してくれ』とだけ、書かれておったわ」

「なんと、のう」


大膳は、剣客として、天意心極流の技を見てみたいと思ったが、それをこらえて、代わりにこう言った。

「で、香坂よ。それで、どうなのだ?」

「うん?」

「先ほどお主は、高瀬師範には全く敵わなかったいったが、その天意心極流を使ったら、どうなのじゃ?」


「さあて、のう」

新次郎は、僅かな笑みをたたえながら、

「わしは、殺人剣は、遣いとうはないでな」

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