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「消えた? どういうことだ?」

大膳が訊く。

「それが、わしにもよく分からんのだ。ある日、不意に道場に姿を見せなくなり、何の音沙汰もなくなった」

「ほう」

「高瀬師範は幕臣ではなく、高崎藩の定府じょうふで、中屋敷で剣術師範を務める傍ら、お世継ぎ様のお世話もしていた、ときいておる」

「ほう、若様の、な」

「ああ。それで、心配した大師匠が、高崎藩邸に問い合わせてみたのだ」

新次郎は、行き交う川船を眩しそうに見つめながら、一呼吸置いた。


「それで?」

大膳が促す。

「うむ、ああ見えて、神宮道場は由緒ある道場でな。高崎藩もすぐに返答を寄越した」

「・・・・・・」

「手紙を返して来たのだが、それにはなんと——」

「うむ」

「『当藩には、高瀬恭一郎なる人物は存在しない』と、したためてあった」

「——何だと?」

大膳が、目を剥いた。


「念の為、もう一度大師匠が問い合わせてみたが、答えは同じじゃった」

「どういうことだ?」

「わしにも、大師匠にも、それ以上の事は、分かっておらん」

「なんとのう・・・」

大膳が、首を振った。


「さっき、大師匠が高瀬の名を口にした時、少々、複雑な表情をしたのに気付いたか?!

「うむ」

少し前、道場の母屋で十内から、「町中で高瀬を見かけた者がある」という話を聞かされた二人だった。

無論、大膳には何の事やら、ではあったが。


「実はな、雪江どのは元もと、高瀬師範と結婚するはずだったのだ」

「むう・・・」

思わず唸る、大膳だった。




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