38

柳の葉を揺らす、爽やかな川風に吹かれながら、新次郎と大膳は堀割横の道を歩いていた。

道場からの、帰り道である。


「高瀬恭一郎というのは?」

懐手ふところでをしながら、大膳が訊いた。


「ん? ああ、それは・・・」

と、答えかけた新次郎だったが、それを止めて、自分の懐に手を突っ込んだ。

そして取り出したのは、先ほど神宮十内から受け取った紙包みである。


包みを開くと、二分金にぶきんが三枚、出てきた。

新次郎はその内の一枚を摘むと、大膳に差し出した。

「ほれ、お主の分だ」

「なるほど、道場破り撃退料というわけか」

大膳は、受け取りながら、笑った。


「さよう。二、三か月に一度はあるでの。

 けっこう生活たつきの足しになる」

「一人につき、二分は大きいな。で、二人倒した貴公が四分で、一両というわけか」

「いや・・・」

新次郎は、二分金を一枚だけ巾着に入れると、最後の一枚は紙包みに戻し、懐に仕舞った。


「これは、長屋の積み立てに回す」

「長屋の積み立て? なんだ、それは」

「いや、わしが勝手に名付けただけでな。

長屋の誰かが怪我をしたり、病気になって家賃も払えんようになった時の、見舞金、援助金にしようと思うてな」

「ははあ」

「これまで、何度か役に立ったでな」

「なるほど・・・」


大膳は、なぜ新次郎が周囲の者から好かれているのか、分かったような気がした。

(この香坂という男、無意識にこういったことをやっているのであろう・・・いや、良い友を得たかもしれんな)



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