37

新次郎と大膳は、道場裏の母屋の、一番奥まった部屋で、神宮十内と対面していた。


薬の匂いが薄く漂う室内は、廊下を挟んでよく手入れされた庭に面しており、日光が柔らかく射し込んで、暗い雰囲気は感じさせなかった。


布団の上に半身を起こした十内は、歳は五十代、ややあごの張った柔和そうな顔の下には、太い首とがっしりとした肩があり、鍛え抜いた武芸者であることを示していた。


師匠せんせい、お体の具合は、如何ですか」

廊下に大膳と並んで正座した新次郎が、言った。


「まあ、良くもなく、悪くもなく、かな」

二年前、突然「中風」(脳梗塞)で倒れた十内は、喋れるまでに回復はしたものの、下半身に障害が残った。

特に左脚がほとんど動かず、道場での指導は絶望的になってしまった。


そこで、話が進んでいた雪江と志田作乃進との縁談を急ぎ、来春の結婚へと漕ぎ着けたところであったのだ。


「いつも、すまぬな」

十内はそう言って、枕元の文箱から、紙包みを取り出し、新次郎に渡した」

「やっ、これは、どうも・・・」

新次郎が、ちょっと恐縮したようなていで、それを押しいただくようにして受け取った。


「相手は、三人だつたな?」

「はっ」

「三人分、入っておる」

「ありがとうございます」

「なに。そちらの御仁・・棟田どのと申されたか」

十内は、大膳に目を向けた。


「棟田大膳にござる」

大膳は、事情がよく分からぬままに、頭を下げた。


「そこもとも、相当の腕と見た」

「いえ、なに・・・」

「ははは、謙遜なさらずとも良い」


十内は、新次郎に目を戻すと、

「実は、高瀬恭一郎たかせきょういちろうのことだが・・・」

少し眉根を寄せながら、そう切り出した。

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