35

道場破りの三人が、少しよろめきながら玄関を出てゆくのを、新次郎と大膳は無言で見送っていた。

肩を落として去ってゆく三人の向こうに、堀割を行き来する屋根船や猪牙ちょき船が忙しげに走っていた。


「わかってくれたかのう」

新次郎が、言った。

勝負が決した後、新次郎は再び、彼らに道場破りを止めるように、促した。


「貴公らも、いつまでも若くはない。江戸には名だたる剣士もたくさんるぞ。いつ、命を落とすか分からん稼業は、止めにせんか」

彼はそう言うと、懐から取り出した巾着を逆さにして、小銭をてのひらに振り落とした。

そして、その中から金色の小粒を摘み取ると、浪人たちに差し出した。


「何だ、それは?」

鷲鼻の浪人が、訝しげに言った。

「いや、これは、わしの虎の子だがな。これだけあれば、旅籠はたごは無理でも、木賃宿なら数日は泊まれよう。その間に、貴公らの将来のこと、真面目に話し合ってみたら、どうかの?」

真剣に言う新次郎に、鷲鼻の浪人は呆気に取られたような顔で、

「お主・・・周りから『お人好し』と言われたりせんか?」

と、ただした。


「うむ、なぜか、よくそう言われるのう。意味がわからんが」

これには、浪人も苦笑して、やんわりと新次郎の手を払い除けると、玄関口へ体を向けると、仲間二人に目で合図して、外へと歩き始めた。

「お主の施しは受けんが、旅籠に泊まるくらいの金は持っておるわ」


そして、外へ出る直前にピタリと足を止め、首だけ振り向き、雪江を見て、

「嬢ちゃん、すまなかったな。こんな生活をしてると、つい、な」

と言って、道場を出て行ったのだった。


「どうかなあ・・・」

大膳が、小さく吐息を漏らして、呟いた。

この男も、長い放浪生活で、生きてゆく厳しさを身に染みて味わってきたのであった。



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