33

「おのれ、我らを愚弄するか!」

鷲鼻の浪人が、立ち上がった。


「いや、そんなつもりは無いがな。それに、もう一つ」

「何だ!」

「よく考えてみると、この勝負、ちと不公平ではないかな?」

「不公平?」


「うむ」

新次郎は、一つ頷き、

「そちらが勝った場合、道場の看板と金十両、それに雪江どのまで持ってゆくという」

チラリと雪江に目をやって言った。


「それが、約定であろう!」

太った浪人が口を挟んだ。

「そうなんじゃが、わしらが勝っても、貴公らが、ただここを去る、それだけではのう」

「他に、どうせよと言うか?」

「うむ。まず、雪江どのに先ほどの暴言を詫びてもらおう」

「なにっ」

「それと——」

新次郎は、続けた。

「貴公ら三人に、今の仕事を辞めてもらおう」


これには、浪人二人も、ちょっと呆気に取られたような顔をしたが、すぐに鷲鼻の方が、

「何を戯言されごとを! ならは、望み通り、二人で相手してやろう!」

と叫ぶように言い、木刀を正眼せいがんに構えた。

次いで、太った方も、鎖鎌の木球をビュンビュンと回し始めた。


新次郎も、静かに正眼の構えを取る。

試合が始まったのだ。



新次郎の右手には、三間(5m強)の間合いで鷲鼻の浪人が立ち、左手には、鎖鎌の太った男が遠間とおまで、唸りを立てて分銅ならぬ木球を回していた。

鎖鎌のせいで、八十畳の道場が狭く感じられるようだった。


新次郎の目は、両者の中間を遠くを見るような眼差しだ。

いわゆる、「遠山えんざんの目付け」である。


右手の鷲鼻の男がピクリと肩を動かした瞬間、それに呼応するように、左手の方から鎖鎌の木球がもの凄い勢いで、新次郎目掛けて飛来した——

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