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新次郎に対して、太った浪人が立ち上がった。

先ほど大膳に敗れた痩せ浪人は、板壁に寄り掛かって、うめいている。

太った浪人は、頭は総髪で、現代いまでいう「おかっぱ」にしていた。


その彼は、新次郎と対峙すると、懐から何やら取り出した。

見ると、それは鎖鎌くさりがまであった。


「なんと!」

浪人たちと反対側の壁際に胡座あぐらをかいていた大膳が、驚きの声を上げた。

道場破りに鎖鎌とは、放浪の長い大膳も、あまり聞いたことが無かったのだ。


だが、よく見ると、その鎖鎌の鎌は木製で、鎖の先端も、鉄の分銅ではなく木球が付いていた。


(なるほど・・道場破り用の、鎖鎌かの)

新次郎は、驚くよりむしろ、感心した。

確かに、刃は付いていないし、分銅も木刀と同じ木製である。

相手から、拒否しづらい特製の武器だった。


「どうした? まさかもの(刀以外の武器)とはやれん、とは言うまいな」

太った浪人は、ニヤリと笑って言った。

おそらく、いきなり鎖鎌を持ち出すことで意表を突き、相手の心を乱して優位に立つ、この「戦法」を繰り返して来たのであろう。


だが、新次郎は動じなかった。

「いや、一つ提案があっての」

のんびりとした口調で言う新次郎に、太った浪人は、苛立った様子で、

「何だ、命乞いか?」

と、応えた。


「いや、とき勿体もったい無いでの。そちらは、二人同時に掛かって来てくれんかの?」

「何だと!?」


太った浪人と、背後の鷲鼻の浪人が、いきりたち、大膳と雪江が、唖然とした様子で、新次郎を見ていた。。

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