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大膳、対する浪人、双方とも動かない。
互いに相手の呼吸を読み、出方を窺っているのだ。
新次郎は大膳の大刀を脇に置き、雪江の隣に正座していた。
「あの男は、棟田大膳。わしの友人での。腕は確かゆえ、心配いらぬ」
小声で、そう話し掛けても、雪江はこちらを見ようともしない。
プイと顔を背けたまま、口をつぐんでいる。
明らかに、怒っていた。
(やれやれ・・・)
新次郎は、顎をポリポリと掻きながら、話しかけるのをやめた。
感情的になっている
(それにしても、美しいのう)
新次郎は、緊迫した試合をよそに、雪江の横顔を見つめて、そう思った。
雪江は、この神宮道場師範、
家業からか、幼い頃より剣術を好み、普通の女の子がする遊びには一切興味を示さず、毎日のように竹刀を振って育って来た。
剣才があり、あと一歩で免許というところまで来ていた。
父の十内が、何度「お前が、男であったなら・・・」と、嘆いたことか。
それでも、今年でもう十八歳。
師範代の志田作乃進と来春、祝言を挙げることがきまっていた。
志田が婿に入り、道場を継ぐのである。
頑なに横を向いている雪江であったが、その美しさは、際立っていた。
名前の通りの雪白の肌。
すらりと伸びた両手指には、女らしからぬ竹刀ダコが出来ていたが、サラシで抑えてもふっくらと盛り上がる胸の膨らみや、男とは明らかに違う腰の丸み。
当人は気付いていないようだが、匂い立つような清純な色香に包まれていた。
(神宮小町と言われるはずだの)
感心した新次郎の脳裏に、なぜかあかねの「無邪気な笑顔」が浮かんだ。
(はて・・・何で、あかねちゃんの顔が?)
新次郎がそう思ったその時、
「たあっ!、」
「せいっ!!」
大膳と痩せた浪人が、ほぼ同時に、木刀を振るった。
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