27

「まあまあ、雪江どの、ここは下がっておられよ」

新次郎がなだめた。

雪江は、相手の打撃こそ受けていないものの、小さく肩で息をしており、劣勢は明らかだった。


「おいおい、何を勝手に決めておる。俺はまだ、その小娘と試合中だぞ」

痩せた浪人が、抗議の声を上げた。

「そこにうずくまっている小僧二人と、その女に勝てば、道場の看板を頂くという約定で、試合しおうておったのだ。横から入って来て、勝手を抜かすでないわ」


「なるほど。女子供に勝って、看板をな」

「なにっ!」

相手に一理有りと見た新次郎が、軽く挑発に出ると、多少やましさを覚えていたのであろう、すぐに乗ってきた。


「どうであろう、そこもとら三名と、わしら二人で勝負して、勝てば看板と十両のカネを差し上げる。これで、どうじゃな?」

「なに、十両とな?」

「さよう、如何かな?」


痩せた浪人が、背後を振り向いた。

武者窓の下で壁板に寄り掛かって胡座をかいている男たち。

一人はガッチリとした体付きで、鷲鼻男。

もう一人は、背は低めだが、武芸者にしてはかなり太っていた。

両人とも、大刀は床に置いていたが、太った方は、懐に何か呑んでいるように見えた。


その、太った浪人が言った。

「十両とは豪勢だが、お主に持ち合わせがあるのか? そうは見えんがな」

「わしにか? まあ、十文がやっとかの」

と、新次郎。

「だが、もし負けたら、ここの大師匠に掛け合って、わしが必ず十両出させよう。それで、どうじゃな?」

「きっとだな?」

「武士に、二言は無い」


雪江が、驚いたように新次郎を見たが、新次郎が目でそれを制して、

「下がっておられよ、雪江どの」

静かにそう言うと、雪江は唇を噛んで、壁際に下がろうとした。


そこへ、今度は鷲鼻の浪人から、声が掛かった。

「待て、まだ承知したとは言っておらんぞ、ほとんど、こちらの勝ちだったのだからな」

「この上、何か望みがあるのかの?」

と、新次郎。

「ふむ・・・」

鷲鼻の男は、ニヤリと笑った。

「そうさな。俺たちが勝ったら、先ほどの条件のほかに、その小娘も頂こうではないか」


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