26

「待たれよ! しばし、待てっ!」


新次郎が、雪江と浪人者の間に割って入った。

道場内には、門弟と思しき若者たちが七、八人、壁際に正座しており、その内二人は、肩と腹を押さえて苦しそうにしていた。

おそらく、浪人者に打ち据えられた主教(この道場では、指導役をそう呼んでいた)であろう。


「なんだ、お主は!?」

雪江の前に立つ浪人が、新次郎を睨みつけた。

垢染みた小袖に、よれよれの袴を着けていて、竹刀を肩に担ぐようにしている。

彼の後ろの、門弟たちが座す対面の壁際には、仲間の浪人二人が、胡座あぐらをかいていた。


浪人に対する雪江は、白い稽古着に海老茶の袴、髪は後ろに結んで垂らす、いわゆる「根結いの垂れ髪」(ポニーテール)にしていた。

その顔は名前の如く色白で、切長の目に、うっすらと上気した頬が、たおやかな乙女の色気を醸し出していた。


「いや、わしらは、この道場の門弟での」

新次郎が、浪人たちに言った。

「といっても、まあ客分扱いだが、門弟には違いない」

「その客分が、どうした?」

竹刀を担いだ浪人が、胸を反らせて言った。

頬がこけ、浅黒い肌をして、痩せた男だった。


「うむ。今日は、師範代がおらん。それに、師範は病で臥せっておる」

「それは、そこな小娘に聞いたわ」

「でな、そういう場合は、わしら客分がお相手することになっておるのだ」


新次郎がそう言うと、浪人が応える前に、雪江がキッとした表情で、

「香坂さま、お手出しは無用にねがいます!」

と、怒りを含んだ口調で言った。

凄艶さを漂わせるその姿は、「神宮小町」と世間で囁かれるのもむべなるかな、と思わせるものであった。


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