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小野派一刀流「神宮しんぐう道場」は、あかねの働く茶屋から豊海橋を渡り、霊岸島堀沿いに少し行った所の、漆橋うるしばしの手前にある。

茶屋から、それほど離れてはいなかった。


早足で歩きながら、大膳が新次郎に訊いた。

「お主、流儀は小野派一刀流か?」

「むむ・・まあ、そうだ」

ちょっと歯切れの悪い調子で、新次郎が答えた。

「何だ、違うのか?」

「いや、幼い頃から神宮道場に通って、免許まで行った」

「で? まだ何か、ありそうだな」

「うむ。もうすぐ道場に着くでな、後で話す」

「そうか・・・」

「そういうお主は、何流を学んだな?」

「俺か・・念流だ。それと、柳剛流りゆうごうりゅうを少々」

「柳剛流・・・やはりな」


新次郎が頷いた。

柳剛流は、非常に実戦的な刀法で、特に膝から下を狙う「すね斬り」が有名だったのだ。


話しているうちに、道場に到着した。

霊岸島堀の流れの真向かいに、古びてはいるが立派な冠木門かぶきもんがあった。

その奥、玄関の方から、竹刀の打ち合う音が響いて来た。


「ああっ、始まっている!」

「いかん、如何いかにお嬢様でも・・」

「こ、香坂どの、早く!」

新次郎と大膳を先導していた若侍たちが、悲鳴を上げるように言った。


「よしっ」

普段は母家おもやの方から道場へ入るのだが、緊急事態とて、新次郎は玄関から駆け上がった。


見ると、八十畳はあろうかという板敷の道場内で、美しき女剣士が、浪人と思しき武芸者と、上気した顔で向き合っていた。


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