22

秋だというのに、宗涼のこめかみには、汗が浮かんでいた。

新次郎が、宗涼陣の銀頭に打った歩。

それが、後手番の宗涼の陣形の急所を突いていた。


「むむ・・・」

宗涼が、唸った。

新次郎が打った歩を、取るか、斜めにかわして出るか。

あるいは、大人しく引くか。

どれを選んでも、形勢か新次郎の方へ傾くのは、明らかだった。


ピタリと、宗涼の手が止まった。

現代いまのように、チェスクロックで持ち時間を計ったり、記録係が「秒読み」をしてくれるわけでは無い。

が、やはりそこには暗黙のルールのようなものがあり、余りの長考はマナー違反と言えた。


考え込む宗涼に、周囲の野次馬たちが、

「おいおい、兄さん。手番じゃねえの?」

「下手の考え、休むに似たりってな」

「先生に勝とうなんて、十年早かない?」

などと囃し立てた。


「これ、静かにせんか」

新次郎が注意するが、もともと野次馬たちは新次郎贔屓ひいきだから、なかなか収まらない。

宗涼の従者の与兵衛が顔を真っ赤にして睨みつけるが、効果は無かった。


石のように固まってしまった宗涼に新次郎が声を掛けようとしたその時、茶屋の方から慌ただしい足音と共に、若侍が三人、駆け寄って来た。


「こ、香坂どの! お頼み申す!」

新次郎の前まで来た三人の内の一人が、声を絞り出すようにして言った。



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