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こうして、新次郎と大橋宗涼の対局が始まった。

本来、「指南する側」の新次郎が後手番を持つのだが、そこだけは大橋家のプライドがどうしても許さないと宗涼が譲らず、新次郎の先手で開始することとなった。


新次郎が、悠然と角道を開いた。

宗涼が、これもゆっくりと、飛車先を突き出した。

数手進んで、新次郎が大きく横へ飛車を転回した。


「ほう、振り飛車ね。素人さんは、振り飛車がお好きですからなぁ」

宗涼が、盤面を見詰めたまま言った。

完全に、新次郎を舐めた口調だ、

それはそうであろう、大橋家といえば、伊藤家と並んで、当時の日本将棋界のトップに君臨しているのだ。

片や新次郎といえば、大道将棋で口を糊する素浪人だった。


両名とも穏やかな表情ながら、慎重な駒組みが続いた。


「おっ、先生、やってるね」

「今日のカモは、どんなヤツだい?」

「サッサと、やっつけちゃいなよ」


物見高い江戸っ子たちが、周囲に集まって来た。

新次郎が将棋指南を行う時は、いつもこうである。


「皆の衆、も少し静かにしてくれんかの?」

新次郎がそう言うと、一応静かになるのだが、すぐに元に戻ってしまう。

今日も七、八人ほどが、周りを取り巻いて何やかやとうるさかった。


が、さすがは大橋宗涼、そんな雑音は無きが如く、盤面に集中していた。

この二十数手で、新次郎の並々ならぬ力量を察していたからだ。


すでに戦端は開かれ、中盤に入っていた。

互いに読みの入った鋭い手の応酬。

宗涼の従者の与兵衛も、主人のすぐそばで、手に汗を握って盤面を見ていた。


と、新次郎が駒台の歩を摘むと、宗涼陣の銀頭に、パシィッ! と音を立てて打ち込んだ。


「うっ・・・」

それを見た宗涼の、顔色が変わった。




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