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奮闘虚しく、五手詰のチャレンジを五回繰り返して、二十五文支払ってすごすごと帰ってゆく佐吉を見送った新次郎は、文銭をすくって巾着に入れると、また大柳の根元に座り込んで、本を開いた。


そして、そのまま次の客が来るのを待つ。

さすがに「呼び込み」まがいの事は、出来なかったのである。


と、詰将棋に没頭している新次郎の前に、黒い影が。顔を上げると、棟田大膳が立っていた。


「なるほど、これがお主の商売か」

大膳は、感心したように、将棋盤の置かれた床机を見渡した。

「子供の頃から、将棋がメシより好きでの」

そう言う新次郎の笑顔は、子供のようだった。


「奥方は、良いのかの?」

「ああ、お陰様でな。労咳ろうがい(結核)を心配しておったのだが、長年の疲れが

積もり積もっておったせいらしい」

「そうか。ま、せいぜい養生させてやることだの」

「うむ。まだ小判が二枚あるから、暫くは大丈夫だが・・・」


と、大膳が何気なく新次郎の背後の永代橋の方を見上げると、何やらこちらを指差して話している者たちがいた。

二人の男たちで、町人風の身なりである。

大膳が黙って見ていると、彼らは橋を渡って、こちらは向かって来るようである。


「おい、香坂。新しい客のようじゃぞ」

新次郎が振り向くと、なるほど町人らしい二人連れが、こちらへ歩いて来る。

どうも、主従のような雰囲気である。


やがて、新次郎の床机の前まで来ると、主人あるじらしい男が物珍しそうに、床机の上や、幟旗を見渡した。

着ているものは、若竹色の着流しに、これも同色の羽織。

何れも高級そうな絹の羽二重である。

年齢は、二十代であろうか。


従者と思しき男は、四、五十代に見える。

その男が、主人の袖を引いて、言った。


「い、いけません、坊っちゃま! 将来の名人となられるお方が、このような大道将棋などに・・・」

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