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床机の上には、三面の厚さ一寸ほどの将棋盤が置かれているのだが、右から順に「五手詰 五文」、「七手詰 七文」、「十手詰 十文」と書かれた紙が、脇に貼られていた。


これは、盤上に並べられている詰将棋の詰め手数と、挑戦チャレンジ料金を表していた。

挑戦回数は、五手詰が五回、七手詰、十手詰がそれぞれ七回、十回と、わかりやすい設定になっていた。


そして規定回数内に玉を詰ますことができれば、それぞれの挑戦料金の三倍を新次郎が支払うというルールだった。


「五文、置くぜ」

佐吉はそう言って盤の横に一文銭を五枚置き、腕組みをして考え始めた。


「おお、ゆっくり考えなされ」

新次郎は笑ってそう言うと、大柳の根元に腰を下ろし、懐から紙綴じ本をを取り出した。

表紙には「詰将棋精選」とある。


客に自作の詰将棋を解かせながら、自身も難解な詰将棋に挑戦する。

その新次郎の表情は、いかにもたのしげである。


新次郎は、幼い時から将棋の魅力に取り憑かれ、「剣術より将棋の方が得意」と公言するほどであった。

嫡男ではなかったので、将棋と剣術三昧の日々を送っていたのだったが・・・


あかねには、将棋も剣術も「別世界」の話であったが、それは別に、どうでも良いことだった。

ただ彼女は、新次郎がそばに居てくれるだけで、幸せを感じるのであった。


新次郎が百二十三手詰の詰将棋に唸っていると、そのあかねが駒下駄を鳴らして駆け寄って来た。


「先生、あの人が来たのよ!」

「あの人?」

「ほら、あたしの、その、お尻を触った人」

「おお、あの御仁か」

「ええ、キレイにお髭を剃って、親方と一緒に、謝りに来てくれたの」

「親方?」

「あの人、大工さんなんですって」


あかねによると、先日、店内で暴れた男は、普段は腕の良い、穏やかな性格だという。

だが、酒が入ると途端に荒っぽくなり、喧嘩騒ぎを起こすことも往々にしてあるので、大工の頭領から酒を禁じられていたのだ。


「それがあの日、誘惑に負けて、お酒に手を出してしまって、それで・・・」

「なるほどのう」

「でも、根はいい人みたいで、こないだ割れちゃったお皿の代金と、お菓子を置いて、ペコペコしながら帰っていったわ」

「ははは、良かったのう」

「あとね・・・」

「うん?」

「将棋の先生に、くれぐれも宜しくって」

「さようか」


あかねと話しながら、新次郎は自分の背中に鋭い視線が注がれているのを感じたが、気づかないふりをした。


あかねが店内に戻ると、新次郎はゆっくりと背後を振り返った、

その視線は、永代橋の方から注がれたように感じたが、橋上にはいつもの人通りがあるだけだった。


(ふむ・・・)

新次郎が小さくため息をついた時、

「先生、解けたぜ! 今日こそ、俺の勝ちだな」

佐吉が、嬉しそうに声を張り上げて、こちらを見ていた。




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