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それから、数日が過ぎた。


何事もなく時は過ぎ、新次郎は今日も大柳の下に店を出し、ぼんやりと大川と流れを見ている。


大膳夫妻も長屋に落ち着いたようだし、生活費は、まだ「新次郎殺し」の前金が二両ちょっと残っているので、慌てることもないとのことだった。


「まさか、仕事に失敗したから前金返せとか、言って来んだろうな?」

大膳は、そんな心配を口にした。

「ははは、人殺しを頼んでおいて、いくら何でも、そこまでしわくはあるまい」

笑いながら新次郎は、この男も、随分と金に苦労して来たんだろうの、と、胸の片隅が痛む思いをした。


そういう新次郎も、実家を出た時の手持ちが底をつき、そろそろ本気でカネの心配をすべき時期が来ていたのだが。


呑気そうな表情ながら、新次郎が物思いに耽っていると、目の前に人影を感じた。

見ると、盤台ばんだいを肩に担いだ、黒半纏くろばんてんの男が、床机に置かれた将棋盤を睨んでいた。


「なんだ、佐吉さんか」

新次郎は、呆れたように言った。


この、鯔背いなせな感じの男は、棒手振ぼてふりの佐吉といって、担ぎの魚売りなのだが、これが三度の飯より将棋好きと来ていて、毎日のように朝の仕事帰りに新次郎の所に顔を見せるのだった。


「よっ、先生。今日は負けねえぜ!」

佐吉はそう言うと、魚を売り切って空になった盤台を地面に下ろし、三面並んでいる将棋盤の内、右端の盤の前に立って、腕組みをした。


その盤の横には半紙が貼り付けてあって、

そこには「五手詰 五文」と書いてあった。





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