13

新次郎と大膳は、大川端を歩いていた。

大膳の背には、妻の時枝ときえが負われていた。


大膳夫妻が寝泊まりしていた木賃宿きちんやどは、

川縁かわべりを、あかねの働く茶屋よりずっと上流に

さかのぼった所にあったのだ。


「やはり、駕籠かごを雇った方が、良かったのではないかの?」

新次郎が、大膳の背中で、赤子のように寝息を立てている時枝を見ながら、言った。


「いや、がいやがるのだから、これで良い」

大膳が、妻を軽々と背負いながら答えた。

大膳は、背丈こそ新次郎より数寸低かったが、その膂力りょりよくはかなりのもののようだ。


背負われている時枝は、長旅で面やつれはしていたが、

若い頃はかなりの美人であったろうと思われた。


「これには、苦労をかけた。いや、今もかけ続けている」

大膳が、憮然とした顔で呟いた。

「俺の所に来たばかりに、な」


新次郎は、どう答えて良いかわからなかった。


二人で、川縁を黙って歩いた。

川風が潮の香りを含んで、優しく吹き付けて来た。


「ところで、香坂よ」

「うん?」

「本当に大丈夫なのか、お主の長屋に行っても?」

「ああ、ちょうど、わしの隣が空いておる。

そこに入れてもらえるよう、大家に頼んでみる」

「だが、俺は紹介状など持っておらんぞ」


当時の長屋でも、誰でも彼でも入居できる訳ではなかった。

以前の大家等の、紹介状が必要なのだった。


「なあに、わしの顔で、何とかなろう」

「お主の顔で、のう」

「ああ」

「お主、入居して、何年になるな?」

「半年だ」

「・・・・・・」

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