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「さて、わしは、もう行くでの」

新次郎は、そう言って立ち上がった。


「香坂どの、俺を斬らんのか?」

大膳が、柳の幹にもたれたまま、新次郎を見上げた。

「斬るつもりなら、最初から峰に返したりはせんよ」

「・・・俺を、許してくれるのか」

「許すも許さぬも、奥方のためにしたのであろう?」

「うむ」

「なら、それで良いではないか」


新次郎は莞爾かんじとして笑うと、

大膳に背を向け、永代橋の方へ歩き出した。


「待て、待ってくれ!」

背後から、大膳が呼び止めた。


「何かの?」

新次郎が、振り向いた。

「香坂どの、頼みがある」

「・・・何であろう?」

「俺と・・・友達になってくれんか」

そう言って大膳は、ペコリと頭を下げた。


「俺は、江戸に来たばかりで、一人の知り合いも居らんのだ。

 斬りかかっておいてなんだが、貴公とはなぜか、

 ウマが合うような気がするのだ」

ちょっと面映おもはゆいような表情で、大膳は言った。


「うむ。実はわしも、浪人に成りたてで、よくわからん事だらけでの。

 お主とは、なぜだか仲良くなれそうな気がするのも、一緒だ」

そう言って新次郎は、屈託のない顔で笑うのだった。

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