男は、眉根を寄せながら、目を開いた。

「う・・む・・・?」

「気がつかれたかの?」

「やっ、貴公は」


慌てて身を起こそうとした男は、左の首筋に手を当てて、

「痛たた・・・」

と、呻いた。


「峰に返したが、大丈夫かな」

「そうか・・俺は、負けたか・・・」

男は、大川の方を見遣りながら、ボソリと言った。


「お主、名は?」

棟田大膳むねただいぜん

「ふむ」

「香坂どの。なぜ、斬らなかった?」

「さて・・・なぜかの?」

新次郎も川面へ目を遣りながら、返した。


秋風に柳の葉がそよぎ、陽光を散らした。

二人とも大川を眺めながら、じっと黙っている。

行き交う船から、人の声が聞こえて来る。


「棟田どの」

「大膳で、いい」

「大膳どの、人を斬ってまで、金が要る理由とは?」

「うむ・・・」

首筋から手を離して、棟田と名乗った男は両肩をぐるぐると回した。


「まあ、妻女が居ってな」

「奥方が?」

ちょっと照れくさそうな顔で、棟田が頷いた。


「それが、病弱でな」

「それで、かねが?」

「ああ」

「さようか・・だが、人斬りは、いかんぞ」

「うむ、わかっておる。今日が初めてだが、もう懲りた」


棟田大膳なる男、むさ苦しい成りだが、悪い男ではなさそうだった。

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