大川(隅田川)べりの土手には、川に沿って

柳の木が植えられている。

今、その一本に寄りかって、男が気を失っていた。


先刻、新次郎と斬り合った浪人者である。

あの時、一瞬早く、新次郎の剣先が男の首筋に入った。

だが、男の首は、胴に付いたままだ。


新次郎が、直前に刀の峰を返したのだ。

いわゆる、峰打みねうちである。


本当の峰打ちとはこうしたもので、これもテレビ時代劇のように、

最初から峰を返して打つものではない。

直前に返すことで、相手に「斬られた!」と思わせ、

意識を失わせる効果を高めることが出来るのだ。


その浪人者の傍らに、新次郎が所在無げに、

腰を下ろして大川を眺めていた。


秋の日を浴びて光る大川の水面には、今日も多くの

猪牙舟ちょきぶねや屋根船が行きかい、活気に溢れていた。


新次郎の瞳は、憂いに沈んでいた。

(刺客まで雇って、わしを・・・)


隅田川下流のこのあたりには、風向きによって、

強く潮の香りが漂うことがある。

今日も、海を感じさせる匂いが、辺りに満ちていた。


左手に掛かる永代橋えいたいばしには、多くの通行人が忙しそうに通行している。

背後の土手道にも人通りがあるのだが、新次郎たちの方を

チラリと見ても、相手が武家ということもあるのか、

こちらに関わろうとする者はなかった。


(そろそろ、起こすか)

新次郎は、浪人者が自然に目覚めるのを待っていたのだが、

なかなか起きないので、「かつ」を入れる気になった。

打撲で気絶したものを長時間放置しておくと、

まれに、そのまま死んでしまうことがあるのだ。


新四郎が腰を上げようとしたその時、

「う・・う~む」

浪人者が唸り声をあげ、両目を開いた。




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