「ほう、貴公、居合を遣うか」

男が、口角を僅かに上げて、言った。

自身の上段からの斬り落としに、絶対の自信を持っているかのようだ。


新次郎は刀の鯉口こいくちを切り、

右手の甲をつかの上にふわりと乗せた。

テレビ時代劇のように、最初から柄を握り締めたりはしない。

本物の抜刀術は、刀を抜く瞬間に掌を反転させて柄を握るのだ。


男の身体全体から、闘気が膨れ上がった。


(真向唐竹割りで来るか・・いや、違う!)

斬り合う、まさにその寸前、新次郎は男の闘気が自分の足元に

流れ込んでいるのを、痺れるような感覚で悟った。


(こやつ、「すね斬り」を使うか!?)


だが、もう構え直す暇はなかった。

と、その時、背後から物音がした。

武家屋敷の白壁の潜り戸が開き、奉公人とおぼしき男が、

顔を出したのだ。


その物音に触発されたように、上段に構えた男の剣が、

懸河けんがの勢いで振り下ろされた。

同時に、新次郎の腰から、銀色の光が伸びる。


ギインッ!!


二人の刀身が、互いを弾き合った。

男の剣は大きく後ろに流されたように見えたが、

(当たりが弱い!)

新次郎が思う間もなく、男の姿が、新次郎の視界から消えた。


新次郎は、躊躇なく、跳躍した。

その瞬間、新次郎の足元を、烈風が襲った。

男が瞬時に身をかがめ、新次郎の両足を薙ぎ払ったのだ。


僅かでも新次郎の跳躍が遅れていれば、新次郎の両脛は

切断されていただろう。


宙に飛び上がった新次郎は、落下の勢いに任せて、

男の首筋目掛けて、剣を振り下ろす。

が、驚いたことに、男は脛切りが失敗した剣先を、

流れるように斬り上げてきた。


上段から脛斬り、さらに斬り上げと、

見事なまでの三段攻撃である。


新次郎の剣が、男の首筋へ。

男の剣が、新次郎の胴へ。


「ゴッ!!」


鈍い音が響き、ひと呼吸おいて、人の倒れる音がした。



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