「香坂新次郎殿か?」

背後から、野太い声がした。

高ぶりのない、落ち着いた声音こわねである。


新次郎は、ゆっくりと振り返った。

「そうだが。何か御用かの?」

「悪いが、その首、貰い受ける」

丸顔に、ぼさぼさに伸びた月代さかやき

一見して尾羽打ち枯らした浪人体である。

だが、眼光は鋭かった。


「ほう、このわしの首を、か」

「そうだ」

「誰かに、頼まれたかの?」

「貴殿に、恨みはないが、まあ、諦めてくれ」


新次郎は、顔をしかめた。

「まあ、頼み人の想像はつくが、いくらで頼まれた?」

「十両だ」

「なに、十両とな?」

「そうだ」

「ちと、安すぎんかの? も少し、高くても・・・」」

「それは、頼み人に、言ってくれ」


男は、静かに刀を抜いた。

「安いが、俺にはどうしても必要な金なのだ」

そう言うと、剣を高々と大上段に構えた。

通常の上段よりさらに高い、天を突くような構えだった。


(これは・・・柳生流の雷刀らいとうか?)


柳生新陰流に、「上段雷刀」という構えがあるという。

新陰流では、構えとは言わずにくらいと称するが、

三代目宗家・柳生兵庫が考案したという雷刀は、

その名の通り、天から落ちるいかずちのごとく、

敵の頭蓋を打ち砕く必殺の位であった。


(いや、雷刀とは、ちょっと違うな・・・)

新次郎は、抜刀せずに、腰を深めに落とした。

いわゆる、居合腰いあいごしである。

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